夜は嫌いだ。特別悲しいことがあったわけでもないのに、異常なまでの不安と孤独に苛まれる。
そんな時、僕は決まって外へ飛び出して、星を眺めに行く。田舎だから星はどこでも綺麗に見える。その中でも、一際美しく見える場所で、僕はそこにある夜空の星々を見上げている。
それはまるで、宝箱の中で光る宝石みたいに眩い光景だ。その宝物を眺めていると、盗賊や海賊が気持ちよくなるように、僕は、今まで心を渦巻いていた不安や孤独と言った黒い感情が、すぅっと身体から抜けていくようだった。
自然に囲まれてみる夜空の宝石達、僕はそれがたまらなく好きだ。それだけじゃない、そこにある全てが僕を満たす。
虫が静かに鳴く声、葉がカサカサと擦れ合う音、鼻腔をを擽る夏特有の神秘的な匂い、肌を撫でる暖かい風。五感を駆使して味わう感覚全てが、この世界の何よりも愛おしい。
今夜もまた、あの黒い感情が僕を包み込もうとする。
(あの場所へ行こう。)
僕は狼から逃れようとするウサギのように、外へ飛び出して、自転車を走らせた。

それはまるで魔物のように、僕を蝕もうと毎晩襲い来る。僕はそいつらを身体から引き離そうと、自転車を猛スピードで漕ぐ。
あの角を曲がれば、あの大きな坂が見える。
その坂は、これから登ろうとする者のやる気を削いでしまうほどに、長くて急だ。僕も見るたびに気圧される。でも、時間はない。魔物が追いつく前に、早く、あの場所へ。
僕は勢い任せに坂を登る。
がむしゃらに漕いでいるけれど、一向に坂の頂上につかない。
僕は汗を額に滲ませながら突き進む。すると、追い風が僕の熱い肌を撫でた。決して冷風とは言えないけれど、今の僕にとってはそれすらも心地よかった。
風を感じながら登っていると、頂上にはあっという間に到着した。すると今度は、なだらかな下り坂が見える。こいつを降ればあの場所へはすぐに着く。
一つ息を吐いて、僕は地面を軽く蹴った。
自転車は猛スピードで降って行く。
あまり速くなり過ぎないように、ブレーキを少しかけながら慎重に降って行く。
「気持ちいい。」
静寂な道路に、一つ言葉を残して、颯爽と去って行った。