『これね、お母さんに持ってくんだ』

『どれ?』

『これだよ、この団子!』



そう言いながら幼い頃の私があの人に向けたのは、真っ黒のカタマリ。まあ所謂泥だんご。

眉尻を一生懸命もちあげて力説する私を見て一度瞳を見開いたその人は、次の瞬間には『ぷっ』と吹き出すなり大仰な笑みをこぼしていた。

なんか、なんて言うか。人間みたいだ……温かみのある、ふつうの人みたいだ。







『……はは、駄目だよ香弥。こんなの持って帰ったら母さんたぶん怒っちゃうよ』

『えー……、』

『そのかわり、俺がもらおうかな』






そう言うや否や、小さな手のひらに乗っていた団子をなんの躊躇いもなく持ち上げたその人は。

そのまま自然な流れだとでも言うようにそれを口許に持っていって。


『―――……おいしかったー』










太陽みたいな笑顔で。

本当は食べてないけど。

だけれど、まるで幼い私に『ちゃんと食べたよ』と伝えるように口許に泥をくっ付けて笑っていた。





本当に、嬉しそうに、笑っていた。















『さ、帰ろう?』

『うん!』

『お、やっとその気になってくれたかー』

『お腹すいた』

『はは。今日の晩御飯なんだろうなぁ』






手を繋いで、だんだんと路地の向こうに消えていく親子。

最後に垣間見えた表情は、どちらも屈託なく笑っているもので――――