普段とは別人のような冷たい一瞥と共に、桜庭くんは、私の手を掴んだまま東海林先輩の前を足早に通り過ぎた。

 1階まで一気に階段を降りてから、桜庭くんは、漸く私の手をはなした。

「ごめんね、千紗が酷い事言って。後で文句言っとくから」

「……後で?」

 東海林先輩と桜庭くんはまた会うの? と湧いた素朴な疑問に桜庭くんは苦笑した。

「……家、向かいだから。いつでも文句言いに行けるよ。千紗の言ったこと、気にしなくていいよ。わざと誤解させるような言い方しただろうし」

 わざと誤解させる言い方と言うより、完全に事実を述べる言い方、だったんだけどな。と、一昨日の東海林先輩の言葉を思い出す。

 ただ、桜庭くんと東海林先輩が付き合ってるなんてことは無さそうだと言うのが、今のやり取りからヒシヒシと伝わってきた。少なくとも二人は近しい間柄だけど、仲はそんなに良くない。

 ……じゃあ、誰?

 東海林先輩が認める“桜庭くんの隣に居るべき人”は、誰?

 私はその疑問を忘れないように、胸の中に刻み込んだ。

 桜庭くんに甘やかされるのに慣れないように。“俺の大事な”そんな言葉に、期待をし過ぎないように。不意に奪われる唇と一緒に、桜庭くんに心を奪われてしまわないように。

 いつかこの変な関係が終わるときに、少しでも傷つかずに終われるように。