国語科資料室を兼ねている書道室は、文化祭の個人作品の題材を探すのには事欠かない場所でもある。

 私は、ぱらぱらと万葉集の対訳本をめくっていた。

「瀬川さん、まだ帰らないの?」

 書道道具を広げたままの私に、遠野先輩が声をかけてくれる。遠野先輩が部活に来るのは週に3日ほど。学校帰りに塾に行く日の時間調整を兼ねているのだと聞いていた。

「はい、もう少し。文化祭の題材探してみようかと思って」

 私は、また手元の万葉集に視線を落とした。

 去年見た時に、文字の感じが印象に残った和歌があったはずだったんだけど……。こっちじゃなくて古今和歌集だったっけ?

 棚から古今和歌集を手にして数ページめくってみたけれど、記憶の中にぼんやりと残っていたページレイアウトと違って、やっぱり万葉集かな と万葉集を改めてめくる。

 ページを捲り続けて、私は手を止めた。

【いくら慕ってみてもあの人の気持ちは自分には向かないと知っているのに、なぜ私はこんなにも恋つづけるのだろう】

 ストレートに伝わって来るその現代語の対訳は、あまりにも私の気持ちに重なりすぎて、私は視線をずらして和歌を見る。

【思へども験(しるし)もなしと知るものを なにかここだく我が恋ひ渡る】