間近にある桜庭くんの瞳が少し悪戯っぽく笑う。

「……忘れさせてくれるの?」

「……できる?」

「出来るっていうか、さ。そんなのとわにしか……無理だよ。とわじゃなきゃ出来ない」

 その答えは、私の心の中で萎みかけていた勇気を優しく、だけどしっかりと膨らませてくれる。

「じゃあ……今度は私が、忘れさせてあげる」

 桜庭くんがくれた勇気を胸に、私は少し背伸びして、桜庭くんの唇にそっと唇を重ね合わせた。

 桜庭くんが『ほら、大したことないでしょ?』と言い放って笑ったのは、初対面の時。あの時は、確かに大したこと無かった。不意打ちだったし、好きでもなかった。あれは、ただ唇が触れ合っただけだった。

 だけど、今は違った。

 あの時みたいにすぐに離そうと思っていたのに、私の腰には桜庭くんの腕がしっかりと回って抱き締められて、首と後頭部を支えるように大きな手が私の頭の後ろに回されて……動けない。動けないどころか、体勢が不自然だから、自分の身体すらまともに支えられなくて、桜庭くんの制服の胸元を掴んでしがみついた。

 触れては離れる唇。合間に零れた息継ぎの吐息ごと食べられるみたいに、私の唇は何度も何度も啄まれた。