書いている間は、無心になれるから。余計な事を考えたくなくて、何も考えずに時間だけすぎて欲しくて、あの頃はひたすらに書いていたような気がする。

 そういえば去年の文化祭前は、ここに居すぎて、出せるコンクール全部に応募して瀧先生に褒められたんだった。一つだけ賞を取ったものもあって、全校集会の表彰式にも出なきゃいけなかったのだけど、どうしても嫌で嫌でたまらなくて、その日は結局学校を休んでしまった。

「……今は、無いの?」

 雑念、と桜庭くんは笑う。

「無いわけじゃないけど……」

 今は、考えても答えが分からなくて考えたくない気持ちや、打ち消したい気持ちじゃなくて、きちんと向き合いたい気持ちが確かにある。

「桜庭くん」

「うん?」

 耳に届く桜庭くんの声は、心を溶かしそうな程に優しく感じた。この声が、恋しかった。もっとずっと聴いていたい。

 わたしが何も言わないでいると、先を促すように、桜庭くんは「とわ?」と私の名を呼んで首をかしげた。

「…私ね、桜庭くんに聞きたいことがあるの」

私の言葉に桜庭くんは、寂しそうな、困った顔で笑った。

「……そうだよね。聞きたいこと、たくさん有るよね。俺 とわの事、あんな目に合わせて…… それっきりに、したんだから。ごめんね、とわ。ちゃんと守ってあげられなくて……ごめん。ごめんじゃ、済まないよね……」

 苦しげな、ため息混じりの掠れた桜庭くんの言葉に愕然とした。

 桜庭くんは、私が思っている以上にあの事に責任を感じていたんだ。

 私、桜庭くんがすごく優しいの、知ってたのに。友香さんのことだって……優しかったから引き受けたの、分かってたのに。