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思へども験《しるし》もなしと知るものをなにかここだく我《あ》が恋ひ渡る
去年の文化祭に出す時には何度となく書き直したこの和歌だけれど、結局少し丸みを帯びた字体で書くのに落ち着いた。何となく、それが私の中でしっくり来たから。
もう一度、書き上げたばかりの書に視線を落とす。
うん。満足。
私は、この和歌を選んだ頃の事を思い出す。若菜と武田が付き合い始めた頃で、私と桜庭くんが知り合った頃……去年の、夏の初め。もう一年近く経ったんだ。
道具の片付けを始めると、後ろの席で書いていた1年生の佐賀さんが顔を上げた。
「先輩、もう帰るんですか?」
「うん。これからちょっと用事があるから」
私の答えに佐賀さんは納得しているような、していないような複雑な表情をしていた。たった1枚書いて帰るなら来なくていいんじゃないかと思ったのだろう。私もそう思う。
だけど、私には必要な時間だった。
私の空っぽの心に勇気を吹き込む、大切な時間。
どんなに想って、届かなくても、私は桜庭くんが好きだよ。大好きだよ
私は、それを伝えに行くの。届かなくてもいいから。
あの和歌は、今の私の心にも寄り添ってくれていたけれど、書きながら溢れた想いは、あの頃と全然違った。

