「桜庭くん」

 私が呼ぶと、桜庭くんは無理やりに作った、泣きだしそうな笑顔を見せる。

「ごめんね、とわ」

 桜庭くんは、一時的に混乱した友香さんを、パニックになる事から守りたかっただけだったはずだ。桜庭くんは、深く考えなかったなんて言ってたけれど、優しいから、友香さんの事はもちろん、困ってる友香さんの両親の事も、事故の責任を感じている自分の両親の事もみんな……心配だったはず。

 自分が満さんを演じたら、一時的でも全て丸く収まるから、それを選んだはずだ。

「友香、千紗も呼ぶからちゃんと話そう?」

 友香さんの肩越しに桜庭くんが、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。その宥めるような声にも、友香さんは頑なだった。

「話すことなんてない。私はもう、千紗にも湊にも、話すことなんてない。
 皆で殺したの。私の満を。私の幸せな思い出も全部、湊も千紗も……皆で壊したの」

 頬をつたう涙を拭うことも無く、友香さんは力のない声で言う。

 それでも、先程までの今にも切れそうな程に張り詰めていた空気は溶けて、少し離れた場所にいた桜庭くんも近くに来て、やっと気持ちに少しだけ余裕が出来た。

「私は、好きな人に……、湊くんに、笑っていて欲しいです。その隣に私が居られたら、それは凄く凄く嬉しいけれど。私は、湊くんが幸せなら、隣にいるのは、私じゃなくたっていい。
 もうそばにいられない満さんは……きっと誰よりも、友香さんに幸せになって欲しいと思っていると、思います」

「とっても優等生な意見だね」

 ふっと毒気が抜けたように笑った友香さんに、大丈夫そう。と気が抜けた刹那。

「大嫌い。満の前から消えてよ」

 超至近距離で、強く胸元を押された。