私は、動けなかった。桜庭くんの身体に隠れて、友香さんの表情も何も見えないけれど、友香さんの腕が絡みついたままの桜庭くんの背中から目を離すことも出来ない。

 ……これが……、友香さん?

 さっき、ちらりと見えた友香さんは、相変わらず綺麗で可愛い顔立ちである事にはもちろん変わりは無かった。だけど、夏休み前に見かけた時に感じた無垢で可愛らしい人形の様な印象は、今の友香さんからは……感じない。

 桜庭くんを、“満”と呼ぶ彼女が纏う空気は、どこか歪でピリピリと張り詰めている。

 甘えた猫なで声の様でありつつも、狡猾さを滲ませる彼女の声音に、違和感を感じた。

 まるで、わざと、“満”って呼んでるみたい。

 私に見せつけるように桜庭くんに抱きついたまま、桜庭くんの腕の陰から友香さんがひょこりと顔を覗かせて言った。

「私ね、あなたに会いたかったの。とわちゃん」

 口元にだけ笑みを宿して、全く笑っていない瞳。ゾクリとして一気に肌が粟立った。

 私の名を呼んだ友香さんを、桜庭くんは力任せに胸から引き剥がすと、後ろ手に私を庇う。