呪いのことを話さなければ。そう考えながらもあけぼの山探索の後、剣淵に会うことのないまま夏は終わっていった。

 時間が経ち、剣淵に告白をされたのだと思うほど、どんな顔をして会えばいいのかわからなくなる。二学期がはじまり初登校の日、前日なかなか眠れず寝不足の佳乃が学校に行くと、既に剣淵が登校していた。

 隣の席ということもよくない。避けようとしても顔を合わせてしまうのだ。重い足取りで自席に着くと、早々に剣淵が声をかけてきた。

「三笠」

 名を呼ばれてびくりと体が震える。あけぼの山以来ということもあり、気まずさもあり、ぎこちなく振り返って、これまたぎこちなく首を傾げる。

「な、な、なあに?」
「なんつー反応だよ……これ、返す」

 差しだされたのは、剣淵には似合わない可愛らしいピンク色の包みだった。

「弁当箱だよ、返し忘れてただろ」
「あ、ああ! 勉強会のやつね」

 勉強会が夏休みだったこともありすっかり存在を忘れていた。中を開けてみるときれいに洗った弁当箱の上に、フェルト人形のタヌキがついたキーホルダーがある。

「それは、礼だ」

 言うなり、剣淵はふいと顔をそむけてしまった。キーホルダーを手に取ってよく見れば、なんともマヌケな顔をしたタヌキである。目は見開かれ舌は飛び出しているし、腹はぽこんと飛び出てヘソらしき罰印がついている。愛らしいマスコットではあるのだが、しかしこれを女性へのお礼に選ぶとは。

「剣淵のセンスって……斜め上だよね」
「あ? 文句つけんじゃねーよ。お前そっくりのタヌキじゃねーか!」
「これのどこが私に似てるのよ! 私がタヌキなら剣淵はハリネズミね」
「ハリネズミ……」
「ツンツンしてるでしょ、性格とか」

 とっさにハリネズミを思いついたのだが、案外似ているかもしれない。そっぽを向いていたはずがこちらに向き直り、不機嫌さを示すように眉間に皺を寄せる姿は、鋭い針山のようだ。触れたら痛そうなのだが、剣淵の荒っぽさにも慣れてきてしまっていまでは怖くない。

 次第に言い争いはエスカレートして声量が増していく。気づいた時にはクラスメイトたちの視線が二人に注がれていた。

 剣淵とよく話しているクラスメイトの男子がふらふらとやってきて、剣淵の肩を叩いた。

「仲いいよなぁ、お前ら」
「あ?」
「いや、会話が聞こえちゃってさ。弁当のやりとりってお前ら付き合ってるのかよ」

 けらけらと笑っているところから、クラスメイトは冗談のつもりで言ったのだろう。

 しかし『付き合う』と恋愛を想像させる単語はあけぼの山での告白を鮮明に呼び起こした。頬が熱くなりそうで、それを知られないよう佳乃はそっぽを向く。

「何言ってんだ、付き合ってねーよ」

 聞こえてきたのは剣淵の声だった。告白なんてなかったかのように、いつも通りに剣淵が喋っている。

「えー。仲いいのにな」
「俺にも選ぶ権利はある。んなタヌキは勘弁してくれ」
「って言われてるぞ、三笠!」

 剣淵も普段通りにしているのだから、佳乃にだってできるはず。

「こっちだってハリネズミはお断りよ」

 いつも通りに答えることができたはずだ。だからクラスメイトも剣淵も笑っている。
 しかしなぜかずきずきと胸が痛んで、剣淵の方を見ていられないほど苦しくなるのだ。

 普段通りにするなんて難しい。そして普段通りにしている剣淵の姿を見るのもなぜか嫌だ。
 ホームルームがはじまり、隣の席を覗いてみたけれど、剣淵は遠くの黒板をじっと見つめているだけでその心中を推し量ることはできなかった。