このあたりの道は知っているのか、剣淵は淡々と歩いていく。草をかきわけて、裏道よりもずっと細いけもの道に出て、ようやく剣淵は口を開いた。

「前に、この道を通ったことがある」
「……うん」
「一緒に遊んでいたバカを見つけた後、そいつを背負ってここを通ったんだ」

 それは剣淵なりの『覚えているか?』という確認だったのかもしれない。
 けれど先ほど、佳乃の記憶は正しいのだと証明されてしまった。だからキスをした。呪いは、あの夏に出会ったのが剣淵だということを嘘だと示したのだ。

 剣淵の期待を裏切ってしまう。だがこれだけは伝えなければならない。剣淵の服を強く握りしめ、泣きそうな声で佳乃は呟いた。

「ごめん……剣淵じゃないの。私は伊達くんと会ってる」

 赤くなりだした太陽のように、しぼんだ言葉だった。
 これを聞いて、剣淵がどんな表情をしているのかわからない。だが絞りだすように「わかった」と掠れた声だけが聞こえた。

「ごめん」
「謝るな。めんどくせーから」
「……ごめん」
「黙って背負われてろ」

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろうかと後悔がぐるぐる巡る。佳乃の頭に浮かんだ願いは無意識のうちに発していた。そしてキスの間も、罪悪感に勝る感情が佳乃を支配していた。

 それでも。その感情はまだ消えてやくれない。ただ背負われているだけなのに、触れている箇所が熱くてくすぐったい。

 剣淵が歩くたびに視界や体が揺れる。耳を寄せれば伝わってくる剣淵の鼓動が心地よくて、もっと身を預けたくなってしまう。そんなことを考えていると、剣淵の声が聞こえた。

「謝るのは俺の方だ」

 さっきとはキスのことだろう。佳乃は何も言わず、返答のように服を掴む。

「そういえば前に『どうして私にキスをしたの』と聞いたことがあったよな」
「うん。春だったよね、懐かしいね」
「ああ。そのまま、黙って聞いてくれ」

 そう言って、剣淵が小さく息を吸いこむ。砂利を踏む音が聞こえて、それから。

「お前が好きだ」

 その簡潔な言葉が鼓膜を震わせ、心臓が暴れる。剣淵にも伝わってしまうかもしれないのに、急いていく鼓動が抑えられない。

 『好き』という単語だけならば日常で飽きるほど使っているのに、剣淵が口にすればこんなにも温度が変わるのか。佳乃を占めるのは驚きとそれから喜びと――しかし、それは続けて聞こえてきた言葉によって落ちていく。

「どうしてお前にキスをしたのか、ずっと考えていたんだ。でも答えがわかった」
「え……」
「無意識のうちにキスをしてしまうのは、お前が好きだからだ」

 がらがらと足元から崩れていくように、舞い上がりそうだった気持ちが一転して地に着く。
 剣淵奏斗は呪いを知らない。これまで四回重ねた唇が呪いによるものだと知らず、それが好意だと思っているのだ。

 キスは呪いによるものだと告げていたら、この告白は存在しなかった。

「剣淵! それは――」
「いい。わかってるから」

 呪いの存在を隠し、剣淵を騙し続けてきた佳乃が悪いのだと伝えようとしたが、剣淵によって遮られる。

「お前が、伊達を好きなのは知ってる。だから言わなくていい」
「――っ!」
「俺も本当は言うつもりじゃなかった。でもさっきのことがあったからな、ちゃんと話しておいた方がいいかもしれねーって思った」

 剣淵はそう言って、まるで笑っているような声をしていた。佳乃に気遣わせまいとしているのかもしれない。けれど片思いの苦しみは佳乃も知っている。それが伝わってしまって、そこまで剣淵を苦しめてしまったのだと後悔が襲う。

 呪いのことを、剣淵に話すしかない。佳乃が隠してきたせいで剣淵を傷つけてしまったのだと、ちゃんと謝らなければ。

 しかし佳乃の決意よりも早く、剣淵が再び言葉を紡ぐ。

「お前を背負ったのは、顔見られると恥ずかしかった。こういう話すんの、あんま得意じゃねーから……ずるくて、悪い」

 いま、剣淵はどんな表情を浮かべているのだろう。気になるようで、しかし目の当たりにするのは恐ろしくもあった。いま剣淵の瞳に晒されてしまえば、呪いについて明かすと決めた気持ちが揺らいでしまいそうで。

「……剣淵、ごめん」
「謝るんじゃねーよ。わかってたことだ。学校で会ってもいままで通りにするから安心してろ。ちゃんと協力もしてやる」

 そう言った後、剣淵が空を見上げた。

「UFO、見つからなかったな」
「……うん」
「お前が伊達と付き合ってなかったら、またUFO探しにくるぞ」

 答えたいのに、胸が詰まって声が出せない。たぶんちらりと、剣淵の耳が赤く染まっているのが見えてしまったからだ。

 伝わればいいと願って、剣淵の服を強く握りしめて顔を埋める。その温かさが体に染みこんで、安心してしまうから――やはり呪いのことを話さなければいけない。


 沈んでいく夕日と終わるあけぼの山探索。それは呪いがこんなにも苦しいのだと知った日だった。