疑う、という物騒な単語に心臓がどくりと跳ねた。最も信頼している親友からそのようなことを言われるのだ。良い心地ではない。剣淵や浮島が振り返らないことから、この会話が聞こえているのは佳乃だけだろう。それに安堵しつつ、菜乃花にだけ聞こえる声量で「疑うって何を?」と聞いた。

「どうしても引っかかるのよ。佳乃ちゃんの呪いと昔のこと。これは勘で、確信はないんだけど……剣淵くんと佳乃ちゃんの言っていた昔の話が似ている気がするの」
「でも私が会ったのは伊達くんだよ」
「そうね。それで呪いが発動しないんだから、きっとそうなんだと思う。でもね佳乃ちゃん」

 そこで菜乃花が小さく息を吸い込んだ。言うか言うまいか悩んでいる、そう感じさせる間を残してから、おずおずと語る。

「私たちはずっと呪いが正しいものだと信じてきた。呪いによって嘘か真かの判断がされている――でもこれは正しいの? 呪いが嘘だと判断したものは、本当に嘘なのかしら」
「えっと……なんだか難しい話? どうしてそう思ったの?」
「私は、佳乃ちゃんと剣淵くんが語る子供の頃が似ている気がしたの。二人があけぼの町にいた時期も一緒。佳乃ちゃんが斜面を落ちてしまった時を剣淵くんが見ていなかったら『友達がいなくなった』と判断するでしょうし、その後二人が見た不思議な光も」

 言われてみれば確かに、剣淵も佳乃もあけぼの山で不思議な光と遭遇している。オカルトスポットだと話題のあけぼの山ならば、もしかするとよくある話なのかもしれない。しかし二人が同時期に似たような出来事が起きているのだ。

「一番の理由は……私はあの夏、家族旅行にいっていたわ。戻ってきたら、佳乃ちゃんは知り合いのおばあちゃんの家に滞在しているはずだったのに、高熱を出したからと家に戻ってきていた」

 菜乃花が語るものと佳乃の記憶に相違はない。当たっている。高い熱が出てしまえば、おばあちゃんの家にいられないからと父が迎えにきて帰ったのだ。

「私、お見舞いで佳乃ちゃんに会いにいったでしょう? その時に佳乃ちゃんが話していた、仲良くなって助けてくれた男の子は――伊達くんじゃなかったと思うの」
「……え?」
「だけど。夏の終わりに、佳乃ちゃんがもう一度あけぼの町に行った後、その人の名前は出なくなった。そして次に話を聞いた時、佳乃ちゃんと仲良くなって、助けてくれた子の名前が伊達くんに変わっていたの」
「それは……誰?」

 ひやりと涼しい風が頬をかすめていく。
 その冷やかさは背をずるりと貫いて、恐ろしさに声がでなくなる。山頂が近づいてきたからだ、と自分に言い聞かせても落ち着かず、風に揺らされた草葉のざわつきが菜乃花の言葉と混ざって不安を煽る。

「ごめんね。私もはっきりと覚えていない。それに私も聞き間違えていたのかもしれないし、昔のことだからあまり自信がないの」
「う、ううん! 大丈夫……」
「はっきり言うとね、佳乃ちゃんが出会ったのは本当に伊達くんなのかな、って思っているの。だけど佳乃ちゃんが喋っても呪いは発動しないから――私たちは呪いが発動する条件を詳しく知るべきかもしれない」

 菜乃花の言うことが正しければ、佳乃があの夏に出会った人は伊達ではないことになる。

 自分の記憶が誤っているかもしれない。その記憶が鮮明に思いだされるものだから余計に恐ろしい。あの夏に出会った人は本当に伊達なのだろうか。

 胸中に沸く不安から逃れようと顔をあげれば、剣淵が振り返ったところだった。目が合えば、いつもの鋭い目つきがまるで佳乃を責めているように見えてしまう。自分の記憶に自信が持てなくて、佳乃は顔を逸らした。