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 こうして勉強会は終わった。後半は雑談になったりUFO探検の話と脱線したが、なかなか楽しい休日である。

 日が落ちて皆が帰り支度をする頃、佳乃は立ち上がった。

「剣淵、ちょっと来て」

 手招きをして廊下へ呼び出す。剣淵は文句を言わず佳乃の跡をついて歩き、二人が足を止めたのは一階にあるキッチンだった。ダイニングテーブルの上に置いてあるものを背に隠し、佳乃は剣淵に向き直る。

「あのね、剣淵に渡したいものがあるの」
「な、なんだよ……」

 そして佳乃は背に隠していたものを剣淵に差しだした。それはピンク色のハンカチで包んだお弁当箱である。

「これ、夕飯代わりに食べて」

 何度か剣淵の家を訪ねて食生活の悪さを知ってしまったのだ。きっと今日だって、家に帰ってお湯を飲んだり肉や卵を食べて不健康に過ごすのだろう。靴を探してくれたことやいままでのお礼を兼ねて、調理器具を使わなくても食べられるようなものを差し入れようと準備していた。

「剣淵の好きなものが入ってるかはわからないけど、もしよかったら食べて」
「……お前が作ったのか? お前、料理はできないって言ってただろ」
「ちゃんと料理本見て作ったから大丈夫。練習もしたし、味見もしてるから安心して!」

 ハンバーグもポテトサラダもほうれん草のおひたしも。どれも多めに作って味を確認した。料理が得意と言い難い佳乃だが、今回はうまくできたと思っている。

 しかし剣淵はというと弁当箱を受け取ったまま固まっていた。じっと佳乃を見つめて、唇ひとつ動かない。まるで意識がどこかに飛んでいってしまったかのように。

「これお礼だから。いつもありがとう」

 佳乃の言葉に、硬直していた剣淵がゆるゆると動きだす。片手で口元をおさえて俯き、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で答えた。

「っ……あ、ありがとう」

 この反応は嫌がっているのではない。喜んでいるのだ。剣淵が転校してきてから今日まで、毎日隣の席に座っていたのだ。これぐらいの些細な表情の変化も、意味が伝わってくる。

「夏のあけぼの山探検、頑張ろうね」

 その言葉に剣淵が頷く。


 勉強会が終わり、何度も朝と夜を迎えて。なんとか赤点を回避して期末試験を終えると、夏休みはすぐにやってくる。

 そして八月某日。それぞれの思いを抱えたあけぼの山探検がはじまった。