下駄箱の前に立ち、佳乃は思いだした。
 そうだった、いじめを受けていたのだった。すっかり忘れていた佳乃の目の前にあるのは、からっぽの靴箱である。本来ならばここに佳乃のローファーがあるのだが、その姿はどこにもなく見事にからっぽである。

 やられた。ここ最近の嫌がらせを思えばこうなることだって予測できたかもしれないのに。嫌がらせに関して、剣淵や菜乃花といった理解者がいることからそこまで重たく考えていなかった。それが仇となってしまったのだが、できることなら今日以外がよかった。頭痛やめまいといった体調不良のフルコースにやられ、校内を走りまわって靴を探す元気はない。

 ローファーに羽根が生えていて、いますぐ飛んできてくれたらいいのに。なんて馬鹿なことを考えながら、大人しく座りこんで体調が戻るのを待つ。

 そうしてしばらく座りこんでいた時、背後から聞きなれた声がした。

「んなとこで何してんだよ」
「あれ、剣淵。戻ってきたんだ」
「センセーなら職員室によってから戻るらしいから俺だけ先に――って、お前、顔色悪いな」
「体調悪いから先に帰ろうと思ったけど、ご覧のありさまでして……」

 からっぽの靴箱を指で示すと、剣淵の視線が、靴箱と佳乃が履いている上履きを行き交い、それから事情は察したとばかりに頭を抱えた。

「黒板やノートの落書きに、靴を隠す……古典的な嫌がらせだな。そこで待ってろ、探してきてやる」
「探すって、どこにあるかわからないよ」
「んなもん簡単だろ。グチグチ言ってた女子生徒を掴まえて聞きだす。とっちめてやる」

 両手を握りしめたり開いたりとしている様子から、聞きだす方法とやらの想像がつく。しかしこれだけ嫌がらせを受けて困らされてきたのだから、犯人は少しぐらい痛い目を見た方がいいのかもしれない。そう思って佳乃は剣淵を止めなかった。

 意気揚々と剣淵が歩き出したのを見届けた後、他の生徒がいないのだからと生徒玄関のベンチに横になる。体調は変わらず、横になっていても世界がぐるぐると回っているのだが、先ほどよりも気持ちは楽だ。剣淵が靴探しをすると名乗り出たことで安心したのかもしれない。

 剣淵へ感謝しつつ、佳乃は目を閉じた。