保健室から出て行く蘭香の背に感謝しつつ、扉が閉まったところで再び会話が続く。切り出したのは浮島だった。

「呪いのことを知ってる最後の一人が、蘭香センセーか。なるほどねぇ」

 蘭香がいなくなったのをいいことに、保健室内をうろうろと歩き出す。そして、佳乃たちが座っていたベンチや丸椅子よりも座り心地のいい、蘭香用のデスクチェアに座り、深くもたれかかった。

「呪いのことを話したくて剣淵くんを外したんでしょ? あけぼの山と関係があるワケ?」
「剣淵くんの件と関係あるかはわかりませんが、佳乃ちゃんの呪いがはじまったのもあけぼの山に行ってからなんです」
「いつから?」
「11年前だから……えっと、私が小学生の頃」
「どっちも小学生の頃かよ。佳乃ちゃんと剣淵くんがニアピンしてたりして」

 ケタケタと笑う浮島だが、その期待には答えられない。何度思い返しても、あの夏の日に出会ったのは剣淵ではなく、伊達である

「でも不思議よね。伊達くんに剣淵くんに佳乃ちゃん、三人みんな小学生の頃にあけぼの山にいたなんて」

 そう言って、菜乃花が「んー」と低いうなり声をあげて考えこむ。それに反応したのは浮島だった。

「奇跡に近い確率かもしれないけど、大事なのは野郎のことじゃなくて、佳乃ちゃんの呪いでしょ?」

 机の上に広げっぱなしだった地図の、赤く丸印がついたあけぼの山をコツコツと叩きながら続ける。

「もしかして、呪いが解けるんじゃない?」
「え? あけぼの山で、ですか?」
「呪いが解けるとまではいかなくても、呪いを解くヒントは得られるかもしれないじゃん? UFO探しついでに佳乃ちゃんの呪いについても探してみたら? 呪いを解きたくないなら別にいいけど。そうしたら色んな野郎とキスし放題だし? うわー、楽しそう」

 あけぼの山に行って呪いが解ければいいのだが――しかしなぜか佳乃は喜べないでいる。

 あれだけ疎んじてきた呪いだというのに、呪いから解き放たれた姿を思い浮かべても、幸せな気持ちにはなれない。その理由がわからないから、複雑なのだ。

「……UFOと呪い、かあ」

 ぽつり、と呟いてみる。改めてUFOの単語を呟いてみると、胃を締め付けられるような苦味がこみあげ、頭の奥がずきずきと痛んだ。

「行くなら夏休みでしょうか?」

 具合の悪さに眉根を寄せた佳乃に気づかず、菜乃花と浮島の会話が続く。

「そうだねぇ。ま、補習になったら終わりだけど」
「私も剣淵くんも大丈夫だと思います。問題は佳乃ちゃんかも――ねえ、佳乃ちゃん?」

 話をふられて佳乃はびくりと肩を震わせた。

「あ、え、っと……」
「佳乃ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」

 菜乃花に顔を覗きこまれるも、大丈夫とは言い難い状態である。冷や汗はとまらないし、目の前がくらくらと揺れていた。

 ここには浮島や菜乃花もいるし、頼りになる蘭香もいる。佳乃だけ先に帰っても、話はまとまるだろう。剣淵には申し訳ないが、佳乃は立ち上がった。

「私、先に帰るね」

 かばんを手に取り、ふらつく足取りで保健室を出る。

 風邪ではないだろう。ここでUFO探しの話をするまで、普段と変わらぬ体調だったのだから。では貧血か、それとも寝不足か。原因をあれこれと考えながら、佳乃は生徒玄関を目指した。