「それでね、剣淵がUFOを探しているらしいんだけど……」

 翌日の昼休み。佳乃と菜乃花は珍しく校庭の片隅で昼食をとっていた。校庭まで出たのはUFO探しのことを他の者に聞かれては剣淵が困るだろうと配慮したためである。天気がよかったため、校庭の片隅にあるベンチに座れば気持ちも晴れていくようだった。

「なるほど。それでお姉ちゃんに相談したいのね」
「浮島先輩曰く、蘭香さんが詳しいからって。蘭香さんそういうの好きなんだね、驚いちゃった」

 話を聞いて菜乃花が顎に手を添えて「んー……」と考えこむ。

 菜乃花は可愛らしい外見からは考えられないほど慎重な人間である。相手の言葉や表情、態度といったあらゆる情報を集めて、ふわふわと揺れる金色の髪の中で判断し、返答もその言葉のひとつひとつを丁寧に選ぶのだ。

 付き合いの長い佳乃はそれを知っている。菜乃花がこれほど考えこむのだから、蘭香とUFOについての話をするのは難しいのかもしれないと思った。

 幼い頃は蘭香と顔を合わせることも多かった。十歳年が離れていたが菜乃花や佳乃を可愛がり、遊んでくれることもあった。面倒見のよい蘭香は佳乃にとっても姉のような存在で、困ったことがあって相談すれば親身になって答えてくれた。佳乃が呪いについて打ち明けた理由も蘭香を信用しているからだ。

 しかし最近は、距離を感じてしまう。養護教諭と生徒、お互いが別の立場にいることも理由の一つだが、もう一つは菜乃花と蘭香の関係である。

「……蘭香さん、難しいかな」
「どうだろう。最近会ってないから」

 蘭香は自宅から大学に通っていたが、大学を卒業して高校に勤めることが決まってから実家を出てしまった。実家に残っているのは菜乃花とその家族だけである。菜乃花曰く、二人は変わらず仲がいいとは聞いているが、どうにも疑ってしまうのだ。

 同じ高校にいるのに会っていないとは、おかしいのではないか。望めば簡単に会えるのに、まるで遠くに行ってしまったかのような物言いだ。

「そ、そっか。忙しいのかな。入学したばかりの頃は昼休みや放課後に保健室へ会いにいったけど、最近は行ってなかったもんね!」

 よく三人で他愛もない話をしたものだが、それをしなくなったのは佳乃が二年生にあがった春頃からだ。いままでは菜乃花に誘われて保健室に行くことが多かったが、それもぱたりと途絶えてしまった。

「……そうだね。忙しい、のかも」

 そう答える菜乃花が苦しそうな表情をしているように見えてしまう。まるで追いつめられているのに、その理由が佳乃にはわからない。
 これでは菜乃花に話をせず、直接蘭香に聞きに行った方がよかったのかもしれない。

 自らの判断が誤っていたと落胆する佳乃に気づき、菜乃花は慌てたように笑顔を繕った。

「そんな顔しないで、お姉ちゃんと仲いいのは変わらないの。私からお姉ちゃんに空いている時間がないか聞いてみる。でも――」

 そこでいったん言葉を打ち切り、菜乃花は空を見上げる。

 立体感のある雲がぽかりと青い空に浮かんでいた。さらに、ここが日陰でよかったと思ってしまうほど、太陽がじりじりと校庭を焼きつけている。

 夏、だ。もう少しでセミの鳴き声が聞こえてくるかもしれない。あの雲だって、わたがしのようにもっとふわふわになっていく。
 移り変わる季節の気配に目を細めていると、菜乃花が呟いた。

「お姉ちゃんは、UFOのこと、そんなに詳しくないと思う」
「え?」

 どうして。と聞き返そうとした佳乃だったが、話を打ち切るように菜乃花は弁当箱を片付けているのを見て、諦めた。

 菜乃花の一番の友達であると自負していただけに、心のうちを明かしてくれないことが悲しいのだ。心にわだかまりが残って、昼食で満たされた胃袋をさらに圧迫する。晴れた空に不似合いな、ずっしりと重たく淀んだしこりだ。