浮島の長い髪が揺れて佳乃の頬にかかる。まるで周りから佳乃を隠すカーテンだ。その隙間から覗く二つの唇は、やわらかく形を変えてぶつかりあう。

 これで、三人目。その味を確かめる余裕なんてない。ただ翻弄されるだけ。
 薄目を開ければ、間近に浮島がいる。彼が持つ独特の色香に包まれて、頭の奥まで熱に浮かされてしまう。

 その唇が離れた後、残されたのは戸惑いだった。数歩ほど後ずさりをして壁に背をつけながら、へなへなと力なく佳乃は座りこむ。

「な、なんで……呪いが……私、伊達くんのこと……どうして……」

 伊達のことが好きなのに、どうして嘘になってしまったのか。その疑問は佳乃を傷つけるものだった。自分の感情や記憶に従い、素直に生きていれば呪いは発動しないのだと思っていたのだ。それが、これでは――

「ふふ、佳乃ちゃん、面白い顔してる」

 動揺する佳乃を笑ったのは浮島紫音だ。唇をぺろりと舐めた後、浮島は言う。

「あれだけオレに鋭いこと言ってたくせに、まだ気づかないんだ」

 顔をくしゃくしゃに歪ませて、浮島は軽快な笑い声をあげている。彼が笑う理由がわからず首を傾げていると、浮島が答えた。

「呪いは発動してないよ。呪いが発動したフリをしただけ」
「じゃあいまのキスは――」
「他の男が好きだなんて、それが佳乃ちゃんの本音だとしても、オレが嘘に変えてあげる。そういうこと」

 佳乃は嘘をついていなかったのだが、浮島はキスをしたのだ。呪いは関係なく、浮島の意思で。
 そのことを理解するのに時間がかかった。佳乃の思考は、ぎりぎりと鈍い音を立てて、普段よりもゆっくり動いている。

「佳乃ちゃんを攻略する。オレ、本気になるから」

 本気になれとは確かに言ったが、佳乃の想像とは別のものに火をつけてしまったのかもしれない。


 浮島が去った後も、佳乃は呆然と座りこんで、動くことができなかった。

 唇が、ぼんやりと熱を持って、重たく感じる。柔く沈む感触や湿度も焼き付いて離れてはくれない。
 たぶんこのキスも忘れることはできないのだろう。それは、これから先の波乱を報せる、三人目の唇だった。