怒りが爆発した。

 剣淵を置いて店を出て行ってしまった伊達を追いかけ、宣言通りに佳乃がいる場所とは反対に進んでいこうとした肩を力強く引き寄せる。

 言いたいことは山ほどある。だがそれよりも先に体が動いていた。
 いま佳乃が味わっているだろう孤独や寂しさを握りしめ、振り返ろうとした伊達の頬にぶつけた。

「っざけんじゃねーぞ!」

 ごつ、と鈍い音が、拳から伝わってきた。渾身のストレートは伊達の頬に命中し、その反動で伊達が床に倒れこむ。

 女子に絶賛の綺麗な顔に傷がつくとか、佳乃が見たら悲しむとか。細かなことまで考えられない、とにかくこの男を殴って目をさましてやりたかった。

「あいつに謝れ! ずっとてめぇを待ってんだよ!」
「……急に殴るなんて、ひどすぎないかな」

 殴られた頬を手でさすりながら、しかし伊達はそこまで動じていない。それがまた剣淵の怒気を煽った。

「剣淵くんさ、勘違いしているよ。三笠さんが好きなのは僕なんだ、君じゃない」
「知ってるよんなもん」
「君は三笠さんのことが好きじゃないんだろう? そんな君に僕を止める権利はない」
「好きだの権利だの、うるせーな。俺はてめぇにムカついてる、それだけだ。あいつを傷つけんじゃねーよ」
「……ふふっ、君は三笠さんのことを全然知らないからそんなことを言えるんだ。三笠さんだって君を散々苦しめているのに。例えば彼女の秘密であるとか――」

 もう一発、殴らなければこの男には伝わらないだろう。

 服の襟を掴んで伊達を立ち上がらせると、再び拳を握りしめる。腕を大きく引き、再び殴ろうとした時だった。


 伊達が、笑った。

 近くにいるからこそわかる。わずかに口元があがり、伊達は笑っていたのだ。これから殴られるという時に笑うとは不気味なものである。咄嗟に剣淵の動きが止まった。

 そして気づく。伊達が見ているのは剣淵ではなく、その向こう側。

 背後に、誰かがいる。
 振り返るよりも早く、その人物が震えた声で呼んだ。

「剣淵……なに、してるの……」

 剣淵の背後にいるのだろう、三笠佳乃の声。それは、雨に打たれるよりも、腹立つ男を殴るよりも、鋭く突き刺さって剣淵を苦しめた。