剣淵奏斗は怒っている。
 何に対して怒っているのかは剣淵自身もよくわかっていない。考えれば考えるほど、喉元を締め付けられるようにして酸素が足りなくなり、思考が停止してしまう。

 はじまりは体育祭だった。あの日に聞いてしまった言葉がどうにも頭を離れず、気分転換になるかと別のことをしてみても考えてしまうのだ。勉強も、趣味のランニングも。どれも身が入らず、苛立つばかり。

 それもこれも。三笠佳乃のせいである。佳乃に出会ったことから不運ははじまり、こうしていまも悩まされている。たまに放っておけなくて手を差し伸べてみたりするが、結局悩みごとが増えるだけなのだ。

「……クソッ、二人三脚やらせなきゃよかった」

 知らずのうちに力が入っていたのだろう、シャープペンの芯が集中力と共に折れてしまい、剣淵は心中の忌々しさを呟いた。

 体育祭から一週間。あの日から天候は悪く、今日もどんよりと重たい空に小雨がぱらついている。この悪天続きも剣淵の気分を沈ませているようだった。

 机の上に置いていたスマートフォンが鳴った。短い電子音は、着信ではなくメッセージの受信を報せるものだ。それにびくりと体を震わせ、咄嗟にスマートフォンを手に取る。この一瞬だけ苛立ちや悩みは忘れていた。

「『そろそろタマゴの賞味期限切れるんじゃない? あたしが届けてあげよっか』か。しらねーよ、んなもん」

 表示されたのは期待を裏切る内容だった。嘆息した後、スマートフォンを苛立ちのままにベッドに放り投げる。いったい何に期待をしてしまったのか。どんな連絡を求めていたのだろうか。天井を見上げながら自問自答をしてみれば、やはり思考が停止して、頭をかきむしりたい衝動にかられる。

 それでも、剣淵は深く息を吐いて考える。そもそも剣淵は恋愛をしたいと考えたことはない。年頃程度に異性に興味はあるが、それよりも夢中になりたいものがある。女性のことは後回しだ――と思っていたのだ、少なくとも浮島に言われるまでは。

 佳乃にキスをしてしまった理由はいくら考えてもわからず、三度の接触を経たいまでも事故や幻なのではないかと疑っているところがある。浮島が言った通り、佳乃のことが好きだからキスをしたのか、と考えてみたが、これはやはりわからない。考えようとしても思考が停止して苛々するだけである。
 だが三笠佳乃のことは嫌いではない。
 面倒なことに巻き込んでくるヤツだと思ってはいるが、そこそこ話ができる女子だ。普通の女子生徒なら軽蔑されてしまいそうな宇宙人だの呪いだのといったオカルト趣味も佳乃は顔色一つ変えずに聞いていた。

「……そんなヤツ、いなかったよな」

 気持ち悪い、と罵られることもなく。あっさりと受けとめていたのが印象に残っている。それは剣淵にとって意外で、しかし嬉しいことだった。