一歩目から転倒するなんて、ここまで運動神経が悪いとは思っていなかった。いや、運動神経だけの問題ではないのかもしれない。
 指示通り左足を出しただけである。それなのに佳乃が着地した場所だけぬかるみだったかのように滑った。バランスを崩して前のめりに体が傾き、足を繋いでいた伊達までも引っ張るようにして佳乃は地面に倒れた。

「い、痛っ!」

 地面に打ち付けた膝にはグラウンドの砂利が食いこみ、ハチマキで繋いだ足首もぴりぴりと痛む。伊達の服を掴んでいた左手は離したものの、手をつく間はなかった。

 隣を見れば、佳乃が引っ張ってしまったため伊達も地面に膝をつけていた。転んでいないことにほっとしたものの、文字通り足を引っ張る結果となってしまったことが情けなく、申し訳ない気持ちになってくる。一緒に走るのが佳乃でよかったと言ってくれたのに、これでは期待に応えることもできていないのだ。

 足の痛みと、心の痛み。じわじわと視界が滲んで泣きそうになる。これでは伊達どころかチャンスを与えてくれた剣淵にも呆れられてしまう。なんて恥ずかしいのだろう。

「伊達くん、ごめん」

 タイムロスにはなってしまったがまだ追いつけるかもしれない。慌てて立ち上がろうとした時、先に伊達が動いた。素早い動きでハチマキをほどき、佳乃に言う。

「動かないで」

 そして訳も分からずにいる佳乃の体を起こしたと思いきや、体がふわりと宙に浮いた。膝裏と背中に手を差し込み、軽々と佳乃を抱き上げたのだ。

 抱えられてようやく、お姫様抱っこというものをされているのだと気づく。安定はしているものの足がついていないことが怖く、伊達の服をぎゅっと掴んでその顔を見上げた。

「伊達くん! 大丈夫だよ、歩けるから!」
「だめ。保健室に連れていくから、掴まっていて」

 女子生徒に人気の王子様が、運動神経ゼロのタヌキを抱きかかえているのだ。佳乃の転倒に唖然としていた観客席がざわつきだす。

 それでも伊達は佳乃を下ろそうとしなかった。細い体に隠し持っていた力強さで、佳乃を抱き上げたまま走る。

 幸せな夢なのかもしれない。抱きかかえられて伊達の甘い香りを近くに感じ、その距離が足の痛みを忘れさせてくれるようだった。申し訳ないと思いながら、赤くなった頬を隠すべく伊達の服に顔を埋めた。