三回目のキス事件の後、剣淵はより佳乃を避けるようになった。

 隣の席だろうが会話をすることはない。佳乃が剣淵の様子を伺っても目が合うことはなく、そっぽを向いている。机もこころなしか距離が離れているようだった。昼休みは剣淵の席に男子生徒が集まって昼食を食べていたのだが、それもなくなった。昼休みになれば教室から剣淵の姿が消えている。

 剣淵の家に行った時は、少しだけいいやつかもしれないと思ったのだ。他の人が知らない剣淵のプライベートに踏み込んだと思っていた。

 それを三回目のキスが奪っていった。佳乃に近づけば不思議なものに操られてキスをしてしまうのだから、避けるのは当然の選択なのかもしれない。

「どうしたらよかったんだろ……」

 静かな隣の席に視線をやりつつ、昼食を食べる。大好きな卵焼きも味気なく感じてしまうほど憂鬱だ。

「もうすぐ体育祭だね」

 心ここにあらずな佳乃に声をかけたのは、対面に座る菜乃花だった。

「明日から一泊二日の一年生合宿。それが終わったら来月のメインイベント、体育祭」
「やだなぁ」
「その後は佳乃ちゃん大嫌いな期末試験もくるね」
「あー……それもやだ」

 体育祭、期末試験。どれも佳乃の胃を痛めるイベントである。体育祭なんて運動神経のいい生徒だけで行えばいいと思っているのだが、全員参加の競技から逃げられない。運動神経ゼロの佳乃からすれば、地獄のイベントである。皆が走り回っている間、炎天下の野外で待機なんて誰が得するのか。

 さらに期末試験もよろしくない。成績順位表でも下から数えた方が早い佳乃である。今回も赤点回避を目指さなければ。

「……ご指導よろしくお願いします菜乃花様」
「ふふ、任せて」

 目の前にいるのは、成績順位十番以内に入る菜乃花だ。去年もテストが近づくたび菜乃花に教えてもらっていたのだが、今回もお世話になるだろう。

「でも驚いたよね、中間試験の結果」
「私が三十一点で赤点回避した話?」
「それもすごかったけど――」

 菜乃花は隣の空席を見た。

「こう言ったら失礼かもしれないけど。剣淵くん、勉強もできるのね」

 順位表が貼りだされた時、上位に割り込んだ剣淵の名にクラスメイトはざわめいたが、佳乃はまったく驚かなかった。彼の家に行った時、佳乃がいるにも関わらず勉強ばかりしていたのだ。日ごろから勉強ばかりしているのだろう。

「明日からの一年生合宿のお手伝い、がんばってね。でも伊達くんの演劇にうっとりしちゃって、暴走しないように」
「あ、あはは……頑張るよ」

 暴走というくだりが佳乃らしく、いままでを思うと否定することができない。苦笑しながらも佳乃は複雑な思いを抱えていた。

 一年生合宿で伊達に近づけることはうれしい。演劇だって楽しみだ。だが、周囲の環境はあまりよろしくない。浮島はもちろん、いまの剣淵と顔を合わせるのが気まずいのだ。

 なにも起きなければいいけど。
 明日からこの学校で行われる行事が平穏に終わるよう、祈る。