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 それからしばらく経ち、練習を終えた伊達が教室に戻ってくる頃には衣装や小道具の制作も終わっていた。
 制作を手伝ってくれたことと合宿当日の手伝いをすることについて感謝をし、言い終えると生徒会の仕事が残っているからとまた教室を出て行く。
 佳乃と菜乃花も帰り、残っているのは帰り支度をしている剣淵と浮島だけである。
 だが浮島紫音はまだ帰らないつもりだった。気になることがあったのだ。

「……ねー、剣淵くん?」

 声をかければ、浮島よりも身長や体格のいい剣淵がびくりと体を震わせた。浮島から声をかけられたくなかった、と言わんばかりの反応である。

 浮島と菜乃花が戻ってきた時から、この教室は空気がおかしくなっていた。剣淵と佳乃はぎこちないし、言葉一つ交わさない。いまだって、伊達が「今日はこれで終わりです」と解散を命じた瞬間、佳乃は菜乃花の手を引いて早々に教室を出て行ってしまったぐらいに。

 罠は仕掛けていない。面白いことが起きていたらいいなとは願う程度で、菜乃花についていったのも小道具制作なんてくだらない地味な作業をしているのに飽きたからだ。

 しかし剣淵と佳乃の反応を見るに、なにかあったのだろう。本当にこの子たちは面白い、下唇をぺろりと舐めながら剣淵の顔を覗き込む。

「なんかあった? 思いつめた顔してるよ?」
「なんでもねーよ」
「……もしかして、ま・たキスしちゃったとか?」

 浮島が聞くと、剣淵は顔をそむけて――それから深いため息をついた。

 剣淵はわかりやすい性格をしている。おかしな呪いを抱えたタヌキよりも剣淵の方が正直者と呼ぶにふさわしいだろう。今回だってその態度から丸わかりである。

 浮島は、剣淵の反応から二人がまたキスをした、呪いが発動したのだろう、と答えを見出し、どう料理しようかと頭を働かせた。


 正直言って、羨ましい。
 呪いが発動して、キスをするのが浮島だったらいいのに。そうすればもっと佳乃や剣淵で遊べることだろう。特に佳乃は初心なところがあり、からかえば様々な反応を見せてくれる。剣淵だっていじりがいのある後輩だ。だからこそ、一度でいいからキスの呪いに引っかかってみたかった。

 どうすればこの舞台が面白くなるだろう。佳乃、剣淵、伊達、菜乃花と役者はそろっているのに。このままでは物足りない、せめてもうひとつ、おかしな魔法があればいい。

「悩みごとあるなら聞くよ。一応、オレ、先輩だからさ」

 真剣になれ、剣淵を心配しているふりをするのだ。そう言い聞かせて表情を作る。

 すると剣淵はあっさりと信じこんだ。浮島のような問題児を信用してしまうほど、追いつめられていたのかもしれない。答えを求めて藁にすがろうとする、悩みごとに溺れて苦しそうな顔をしながら剣淵が呟いた。

「……どうして無意識のうちにキスをしてしまうのか、その理由がわからない」

 それは佳乃の呪いが原因だよ、と話せば面白いことになるだろうか。いや、それでは足りない。もっと舞台をかき回して、ごちゃごちゃにしてしまうほどのものがほしい。

「なるほどね……じゃあ、キミよりも女性経験豊富すぎるオレが教えてあげる。それはね、剣淵くんが素直になっていないからだよ」
「素直って、俺が? なんだよそりゃ」
「ふふ、自分に正直になった方がいいねぇ。無意識のうちに三回もキスをしてしまうなんて――」

 呪いなんて楽しむためのものだ。
 この舞台をぐちゃぐちゃに壊す魔法をかけるために、浮島は言う。

「剣淵くんは佳乃ちゃんのことが好きなんだよ。好きだからキスをしたんだ」