ごめん、剣淵。
 心の中で謝ると、瞳を開いて剣淵を見つめ返す。

 なんてずるい選択なのだろう。正直に生きると決めたばかりなのに、呪いのことを隠そうとしている。

「呪いなんて、ないよ」

 言ってしまった後、二人の間を漂う緊張感ががらりと変わったのがわかる。ゆらりと体を揺らして一歩踏みよる剣淵の瞳に、正気は宿っていなかった。

 いままで、呪いによるキスの対象は様々なものだった。
 どうして剣淵なのだろう。浮かびかけたその疑問を消すように、影が落ちる。


 触れ合う、くちびる。

 視界は剣淵に奪われ、恥ずかしさに瞼を伏せたくなった。けれどこのキスは、佳乃が選択したこと。佳乃が自ら選んだ嘘なのだ。だから触れ合ってから離れていくまで、逃げずに見届ける。瞼を伏せてキスに酔いしれる権利なんて、持っていない。


「……み、三笠?」

 重なった影が離れると、我に返ったらしい剣淵が驚きの声をあげていた。体がびくりと跳ねた後、数歩後ずさりをして佳乃から離れる。

「ま、また……俺……」

 信じられない、とばかりにその顔は青ざめ、震える手で顔を押さえていた。
 三回目となると慣れてしまったのか、羞恥心よりもまたしても無意識に行動してしまったことへの恐怖が勝っているようだった。

 佳乃も剣淵から離れる。というより、驚愕するその表情を目の当たりにしたくなかったのだ。
 そして自分への動揺もあった。キスが終われば冷静さが戻ってきたのか、先ほどの二択を後悔してしまう。
 どうして秘密を明かさなかったのだろう。浮島に迫られた時は秘密を明かして唇を守ったというのに、剣淵相手ではやすやすと唇を捧げてしまった。

 自らが下した判断のくせに今更驚いてしまうのは、三回目の余韻がいままでで一番、熱を帯びていたからかもしれない。傷ついて、流れていく血のような熱と苦さ。

「ごめん……」

 剣淵の顔を見ることもできず、背を向けて謝る。

「……いや、俺も……悪かった」

 ぼそぼそと小さな声だったが静かな教室によく響く。言い終えてしまえば、また静けさが教室中に広がっていく。

 佳乃も剣淵も、それ以上の会話はなく黙々と時間が過ぎていった。


 一回目は、驚きの味。
 二回目は、ショックの味。
 三回目はとにかく苦くて、辛くて、佳乃を責めるような味がした。