こんなはずではなかった。今頃は伊達とお店を回って、デートを満喫しているはずだったのに。
 見渡せば綺麗なお店ではなく可愛らしさは欠片もない、さっぱりとした部屋。それも男の部屋である。
 駅近くのワンルームマンション。狭い部屋にはベッドとデスク、それからガラスのテーブルと本棚のみ。男の部屋のイメージとして乱雑なものを想像していた佳乃だったが、現実は真逆で生活感がないほど物が少なく、こざっぱりとした状態である。
 家というから、広い家や剣淵の両親がいるのだと思っていたのだ。それがまさかのワンルームである。玄関でぽかんとしている佳乃に、家主が言った。

「勝手に俺ん家の物を触るんじゃねーぞ。あと変な勘違いもするな」
「触らないし変な勘違いもしません!」
「服が乾くまでだからな――とりあえず、これに着替えろ」

 そう言って渡してきたのは、タオルと男物のTシャツ、ショートパンツだった。
渡されたのはいいものの、ここで着替えるのは恥ずかしい。戸惑っている佳乃を見るなり剣淵が扉を指で示す。

 おずおずと扉を開けてみれば、こじんまりとしたユニットバスルームになっていた。どうやらここで着替えろということだろう。
 雨を含んで重たくなった服を脱ぎ、濡れた体をタオルで拭く。温かい家の中に入れば、自分の身体がどれだけ冷えていたのかとよくわかる。鏡を見れば、朝から頑張ったメイクも髪もぐちゃぐちゃに崩れていた。

「……借りちゃって、いいのかなぁ」

 綺麗に畳まれたシャツは佳乃の体には大きすぎるサイズだった。ショートパンツだって剣淵なら丁度いいのだろうが、佳乃ではショートどころではない。おさがりを着た小学生のような仕上がりだ。

「あいつ……私より大きいんだな」

 実際に着てみればその差に驚く。男と女の体がどれほど違うのかと見せつけられているようだ。こんなにも体のサイズが違うのだから、押さえつけられても追いつめられても逃げ出せないわけだ。

 ふと、剣淵に迫られた時を思い出して顔が熱くなる。この大きな服を身に着けていた男と距離がゼロになるまで近づいてしまったのだ。
 いつかの放課後に覚えた爽やかなシトラス系の香りが漂う。それがたったいま着ている服から香るのだと思えば、恥ずかしさにおかしくなってしまいそうで、熱に浮かされそうな頭を振って気を紛らわせた。