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 放課後。佳乃と伊達をくっつけるための浮島作戦がはじまった。
 まず動いたのは剣淵である。放課後すぐに伊達がいるB組の教室へ向かう。

「伊達、呼んでくれ」

 近くにいたB組の生徒に頼んで伊達を連れてきてもらうと「話がある」と呼び出して、空き教室へ向かった。
 呼び出しまでは成功である。空き教室に剣淵と伊達の二人が揃ったことで、浮島作戦はフェーズ二へ移行した。
 今日も王子様の笑顔を絶やさない伊達が剣淵に聞く。

「話って何かな、剣淵くん」
「……っ、その……呼び出したのは……じ、じ、実は……」



 さてその頃。身をかがめて空き教室の壁に張り付いている三人がいた。佳乃と浮島、それから菜乃花である。
 菜乃花については佳乃と剣淵が気になるからと自ら志願して浮島作戦に参加した。それは、二回ほど呪いを発動させてしまった佳乃を守るためでもあった。

 教室の中には伊達と剣淵がいる。申し訳ない、と心の中で剣淵に謝りながらも、佳乃は聞き耳を立てていた。

「……大根役者だな、剣淵くん」

 同じく聞き耳を立てていた浮島が、ひそひそと小さな声で佳乃に話しかける。

 確かに聞こえてくる剣淵の声はどれもおかしい。浮島が指定した台詞を言わされているのだが、演技派とは言い難いひどさである。
 苦笑しながら菜乃花が頷く。

「剣淵くん、真面目なんですね。でも、あれなら伊達くんにバレてしまいそうだけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「どこが大丈夫なんですか――って浮島先輩、また動画を……!」

 見れば、浮島の手にはスマートフォンがあった。扉の隙間に差し込み、室内の様子を撮っているようだ。気づいた佳乃が撮影を妨げようとした時、浮島がにたりと笑った。

「ほら、はじまるよ」

 人差し指を唇に当てて、静かにしろと促す。
 盗撮は妨害したいところだが、これから始まる浮島作戦フェーズ二を知っているだけに、佳乃の意識は教室内に向けられた。



 浮島作戦フェーズ二。その目的は、佳乃と剣淵の関係について伊達に説明することである。その説明手段として浮島が指定したものは――

「だ、伊達!」

 いよいよ覚悟を決めた剣淵が、伊達の両肩を掴んだ。

「えっ……な、なに……? どうしたのかな、剣淵くん」
「おおお俺は……三笠とはまったく関係なくて、実は――」

 理由わからず固まっている伊達にじりじりと顔を寄せていく。

「キス魔なんだ!」

 やけっぱちのように叫んだ瞬間、険しい顔をした剣淵がこれまたやけっぱちのように勢いよく顔を近づける。

 伊達と剣淵、二人の距離はゼロへ。
 男たちの唇が重なる。

 ゴツン、と鈍く響いた歯のぶつかる音と共に。



 フェーズ二が完了した頃、廊下は地獄と化していた。

 命令だから仕方ないといえ伊達とキスをしてしまった剣淵を哀れに思っているのだが、笑いがこみあげてしまう。棒読み台詞からはじまり、頭突きでもしそうな勢いでキスをしたのだ。その不器用さは見ていて面白いのだが、笑い声をあげてしまえば中にいる伊達に気づかれてしまう。ひくひくと笑い震える腹筋を抱えながら、声を押し殺す。

 佳乃だけでなく浮島や菜乃花も同じように笑い声と戦っていた。特に浮島は盗撮どころではなくなったらしく、腹を抱えて廊下に転げヒイヒイと小さな悲鳴をあげていた。

「オレ、笑い死にそう。さっきの絶対歯がぶつかってた。ゴツンって聞こえたもん」
「浮島先輩、笑いすぎですよ」
「剣淵くん戻ってきた時に前歯なくなってたらどうしよ。オレ、金歯買ってあげよかな。お詫びとしてゴージャス剣淵にしてあげなきゃ」

 三人ともぷるぷると震えながら笑っていたが、フェーズ二の剣淵キス魔宣言が完了したため、すみやかに隣の教室へ移動した。
 この後は剣淵から佳乃へと主役のバトンが渡る。最終フェーズはいよいよ佳乃の出番なのだ。
 扉の開く音が聞こえた。作戦通りならば剣淵が教室から出ていったはずだ。その音をきっかけに佳乃は立ち上がる。

「よし。そろそろだよね」
「頑張ってね、佳乃ちゃん」

 菜乃花の応援に佳乃は頷いた。これから伊達と話すのだと思えば緊張したが、剣淵のおかげで気が楽になっている。むしろ伊達を前にしたら思い出し笑いをしてしまいそうで心配だ。

 そして――もう一度扉の開く音が聞こえた。今度は伊達が教室を出たのだろう。
 深く息を吸い込んで気持ちを落ち着けてから、佳乃も教室を出ていった。