「ハァ……わかったよ」

 屈したのは剣淵だった。

「何すりゃいいんだかわからねーけど協力すればいいんだな?」
「うん。伊達くんにちゃんと説明して誤解を解いてくれればいいの」
「誤解……してんだかどうだかわからねぇけど。まあ、あいつと話せばいいんだろ。その代わり、お前もキスのことは忘れろ」

 あの無愛想で乱暴者で無視しまくりの剣淵に勝ったのだ。言い負かしたことが嬉しくて佳乃はガッツポーズをとる。
 伊達に話してくれると約束を取り付けた喜びに酔いしれ、佳乃の判断力は鈍っていた。うんうん、と軽い調子で頷きながら答える。

「大丈夫。キスのことなんて、もう忘れたから」

 言い放ってすぐ、違和感が襲った。

 忘れた、だろうか。自らが発した言葉を思い返しながら、唇に手を伸ばす。
 ノーカウントにすればいいと菜乃花に提案されて、忘れようとしていたのだ。忘れてしまえば楽になるからと思っていたのに。

 唇に触れた指先が、熱い。
 あの日の感触も温度も、まだ焼き付いて離れてくれないのだ。近くで感じた肌も、髪の毛も一本一本に至るまで、それは鮮明に覚えている。

 ガタンと机が揺れた音がして、佳乃は我に返った。そして理解する。
 やらかしてしまったのだ。あのキスを忘れることなんてできないというのに、悪タヌキは調子にのって嘘をついてしまった。

 当然、呪いは発動する。

「三笠……」
「ち、ちがうの! これは……」

 ゆらりと動く影。背の高い剣淵が間近に立てば、佳乃は見上げるような形になってしまう。
 剣淵の瞳に正気は感じられず、佳乃にはわからないどこか遠くを見ているようだった。無表情で伏し気味な瞳が、放課後の教室に怪しい空気を生み出す。

 後退りし逃走を試みるも、ここが空き教室であることに後悔する。足と背中が机にぶつかってバランスを崩し、佳乃は机に乗っかるようにして倒れた。

「や、やめ……剣淵! 我に返って!」

 手をばたつかせて抵抗するが、体格のよい剣淵には響かない。逃げ場を失うように、佳乃の顔近くに手をつき、ゆっくりとそれは覆いかぶさってくる。

 嘘をつけばキスをされる。悪いことをしたら罰が当たる。
 もう二度とキスを忘れたなんて言わない。反省すると同時に、大きな影が佳乃に落ちた。