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 剣淵と佳乃の関係が変わることはなかった。なぜあの日佳乃を探していたのか理由を聞き出そうと思っても、話すタイミングがなかなか掴めない。授業中や休み時間にちらちらと様子を見てみるのだが、授業中は佳乃から顔を背けていることが多く、休み時間は机に突っ伏して寝ているか男子生徒とおしゃべりをしているか、だ。

 悶々としている間に数日が経った。隣の席で近くにいるのに、一言も交わさないまま。

 佳乃が嘘をついたからといえ、なぜキスをしたのか。放課後どうして佳乃を探していたのか。気になることはあっても、話しかける隙がないのだからどうしようもない。

 唇の感触が頭から離れない。でも、いずれ風化していくのだろう。きっと忘れられる日がきて、ノーカウントになるはず。
 これで終わりだ――と、信じかけた時だった。

「佳乃ちゃーん。ちょっときてくれる?」

 放課後になり帰ろうと教室を出たところで、声をかけられた。振り返ればそれは派手なピンク色の長髪。まだ男運の悪さは終わっていなかったのだ。

「うわぁ。何の用事ですか、私忙しいのでこれで帰りますね」
「あはは。とって食べたりしないから逃げないでよ。ねえ、楽しいことがあるからちょっときてくれない?」

 はっきりと断りたいところだが、怪しげに細めた浮島の瞳に嫌な予感がする。
 この男は呪いのことを知っているのだ、下手な行動をとりたくない。渋々、佳乃は頷いた。


 向かったのは、空き教室だった。前回浮島と話した場所である。
 今度はなにをされるだろうか。憂鬱な気分になりながら扉を開いた瞬間、佳乃の目は丸くなった。

「え?」
「……チッ、めんどくせーやつがきた」

 教室の中央。そこに座っていたのは、あの剣淵奏斗である。剣淵は佳乃を見るなり、舌打ちをして不機嫌そうに眉根をよせた。

 どうして剣淵がここにいるのか。状況の理解が追い付かず振り返ると、背後に立っていた浮島がにたりと笑った。

「佳乃ちゃん、カワイイ。驚くとそういう顔するんだ。タヌキみたい」
「は……え、いや……どうして、あいつがここに……」
「二人じゃ寂しいからね。スペシャルゲストを呼びました。オレ調べによる愉快なメンバー、剣淵くんでーす。はい拍手!」

 ぱちぱち、と乾いた音はするも、手を叩くのは浮島だけ。
 拍手なんてできるか。間抜けなタヌキは、まだまだ続く修羅場と春の嵐に、ぽかりと口を開けて固まっていた。