「……本当です」

 秘密と唇を天秤にかけた時、勝ったのは唇を守りたいという女子らしいプライドだった。開き直って認めてしまえば、苦しさが和らぐ。だが秘密を明かしてしまった敗北感もあった。

 その返答に、浮島は目を丸くして佳乃を見た後、声をあげて笑い出した。

「あはは! サイコー! バカみたいな話だと思ったけど、その顔を見ていたら、信じたくなっちゃった」

 手で顔を覆いながらも、肩が小刻みに震えている。浮島にとってそれほど面白い話だったのだろう。
 しばし笑うと浮島は立ち上がり、佳乃に向かって歩き出した。

 呪いを知って距離を縮めようとしているのだ。後ずさりをする佳乃だったが、不運にも壁際に立っていたため逃げ道はなかった。

「こ、来ないで!」

 かばんを強く抱きしめて叫ぶが、浮島は止まらない。

「へえ? 秘密を知ったオレに、命令していいんだ?」
「……っ!」

 言い返すことはできず、じりじりと距離が縮まる。
 そして靴の先がぶつかるほど近くまで迫ると、浮島は佳乃の肩に手を伸ばした。廊下の時とは違う優しい手つきに、背筋が震える。

「ねえ、試してみよう? オレのために、嘘をついてよ」

 囁かれたのは耳からじわじわと侵食しそうな甘い温度を持つ言葉だった。こんな時だというのにくすぐったくなってしまって、身動き一つとれなくなる。

「それとも。佳乃ちゃんが嘘をつきたくなるようにしてみる?」

 重だるい空気に呑まれそうで――恐怖して強く目を瞑った。


 覚悟を決めた佳乃だったが、襲い掛かってきたのは予想外のものだった。

「ていっ!」

 ぴし、と額に衝撃。その痛みに驚いて瞼を開けば、浮島の指先が視界に入った。

「痛っ……なにするんですか!?」
「ただのデコピン。面白い顔してたから、いじめたくなっちゃった」

 飲み込まれそうだった甘い空気は消えていた。それどころか、浮島が腹を抱えて笑うコメディ劇場と化している。

 遊ばれたのだ。迫られた時の佳乃の反応を楽しんでいたのだろう。それに気づいた瞬間、羞恥心がこみあげて顔が熱くなった。触れてしまうほど近くにこの男を許してしまったことが悔しい。

「か、帰ります!」

 緊張感が緩んだこの隙にと佳乃は浮島に背を向ける。

「いいよ。今日はもう許してあげる」

 浮島は引き止めなかった。だが教室を出ていく佳乃の背に、呪いのような不運の言葉を送りつける。

「また会おうね、佳乃ちゃん」