「とにかく伊達は、お前を傷つけたり困らせたりして楽しむクソ野郎だ。んなやつの言うこと信じるんじゃねーよ」

 ちらりと伊達を見る。
 剣淵によって悪行を明かされても伊達の表情は変わらず、余裕たっぷりに微笑んでいた。

「剣淵くんの言っていることは正解だよ。君を困らせてやりたくて、嫌がらせをしたんだ。僕はね三笠さんが好きだけど、一番好きなのは君がずたぼろに傷つき、悩んでいる姿なんだ。君が幸せそうにしているとイライラする」
「っ、ひどい……そんなの好きって言わないよ」
「何と言われようが別に構わないよ。でも、三笠さんの呪いは僕にしか解けない。それは本当のことだから」
「……っ、私は、呪いを」
「解きたいよね? だってこの呪いが、君の好きな人を傷つけてしまったんだから。呪われたままなら、また傷つけてしまうかもしれないよ?」

 心が、揺らぐ。伊達の真実を明かされても、天秤にかけた呪いは重たいのだ。

「好きな人って、三笠、お前――」
「呪われている女の子なんてきっと好きになってもらえない。好きな人のためにも、呪いは解いた方がいいんじゃないかな?」

 その一言がダメ押しとなって、ぐらぐらと揺れていた気持ちが決着する。
 やはり呪いを解きたい。解かなければいつか後悔する。


「剣淵、私やっぱり呪いを解くよ」
「はあ!? お前は俺の話を聞いてたのか、伊達は信用できないクソ野郎だぞ」
「だって――」

 伝えなければ、と思ったのだ。
 きっと剣淵は、佳乃と伊達が付き合っているのだと思っているのだろう。なんたってあのキスシーンを見られてしまっているのだから。

 正直になりたいと心から思った。内に秘めている剣淵への想いと、そして剣淵を傷つけてしまっても抱き続ける希望を。

「私が好きなのは伊達くんじゃないの、剣淵なの。私、いつの間にかすごく好きになってた」

 じっと剣淵の顔を見上げれば、泣きそうになる。改めて視線を重ねれば、どんどんと好意の色をした欲が膨らんでいくのだ。
 友達になりたい、彼女になりたい、キスをしたい。身勝手な欲が溢れて、涙に溶けて零れ落ちそうになる。

「だけど私は、呪いを隠してキスをして、何度も剣淵を傷つけてしまった。だから呪いを解きたいの」
「……お前、」
「身勝手だってわかっているけど――呪いが解けたら、また私と喋ってよ。剣淵の彼女になれなくてもいいから、友達でいいから、勉強会をしたり山に出かけたりしたい」

 剣淵の瞳が大きく揺れた。その色が何の感情を示しているのか、それを探ってしまえば瞳の端に留めている涙が溢れてしまいそうで、佳乃は顔を背ける。
 これ以上答えを求めてしまえば、もしも剣淵に拒否をされてしまえばきっと立ち直れない。
 せめて呪いを消すまでの間、希望を抱いていたかった。

「伊達くん。私の呪いを解いて」

 剣淵の腕を振りほどき、伊達に向き直る。


 数歩ほど足を進め、差し伸べられた伊達の手を取ろうとした時だった。

「あー! クソッ、めんどくせーな!」

 緊迫感漂う三人の間で、いよいよ臨界点に達した剣淵の怒りが爆発する。
 あけぼの山の夜に響くひときわ大きな叫びをあげると、自らの腕から離れていこうとする佳乃を後ろから抱きしめた。