呪いが恐ろしいと思っていた。けれど、呪いを解くことも恐ろしい。

 伊達享に焦がれていた。その手どころか唇を味わいたくて、伊達に好意があるなし問わず自らの欲のために呪いを悪用するほど。

 けれどいまは、差し出された手に胸が弾むことはない。求めるものは心がときめくような熱ではないのだ。穏やかであったり時に激しかったり、けれど耐えず隣にいて心地よさを与えてくれる風のような存在。

 いまになって思えば、春にはもう想いが傾き始めていたのかもしれない。周りを突き放し、まっすぐ前を見て駆け抜けていくその姿に気になりはじめていたのだろう。

 呪いによってたくさん傷つけてしまったのだ。いまさら好きになってくれることはないだろうとわかっている。でもこの呪いを解けば、剣淵の前に立つ自信に繋がるかもしれない。

 そのために佳乃は決意した。たとえ記憶を変えられてしまっても、剣淵のことがわからなくなってしまっても、それでも呪いを解く。

「呪いを、解いてください」


 そして伊達の手を取ろうとした時だった。

 風が、駆け抜けていく。

 それは後方から、佳乃へ向かって。