三笠佳乃にキスをする時、剣淵はいつも不思議な感覚に襲われていた。
 頭がぼうっと痺れたようになって、眠ってしまったかのように意識を失う。そして気がついた時には唇が重なっているのだ。
 無意識のうちに行動をしてしまう理由を探し、浮島から『佳乃が好きだから』と言われてそれを信じていたが――呪いなのだと明かされれば納得する。

 好意よりも呪いの方が、あの不思議な感覚によっぽど相応しい。だから佳乃の口から呪いの存在を聞いた時、それをすんなりと受け入れた。
 呪いのことを黙っていたことは腹が立つが、それよりも呪いによるキスが好意によるものだと誤解していたため、目の前の存在に裏切られたような寂しさを抱いてしまった。

 ではこの感情は何だろう。抱いてきた三笠佳乃への想いがぽっかりと穴を開けて、喪失感を与える。好意は本物なのか嘘なのか。剣淵はそれすらわからなくなっていた。



 もやもやとした気持ちを抱きながら週末を迎え、剣淵は八雲と共に母親の墓参りに向かった。

 八雲との関係はまだぎこちないが、しかし緩和はされてきたように思う。二人で車に乗っていても、それなりの世間話ができるようになっていた。

「てっきり、佳乃さんもくるんだと思っていたよ」
 兄弟のドライブが終わり、霊園についた頃である。夕暮れの閑散とした遊歩道を並んで歩いていた時、八雲が言いだした。
「二人、仲がよさそうに見えたから、もしかしたら奏斗の彼女かな、なんて思ったんですけどね」
「ちげーよ。あいつとは何でもない」

 からかい混じりの八雲の言葉に、剣淵は乱暴に答える。

 こんな時まで三笠佳乃の名を聞きたくない。勘弁してくれと願いたいのだが、八雲は探りを入れるように再び佳乃について触れる。

「僕が帰った後、佳乃さんから呪いについて聞いたんでしょう? どうでしたか」
「別に。はた迷惑な呪いってだけだろ」
「おやおや。呪いをあっさり信じるとは」

 八雲はにたにたと笑っていた。
 その様子から見るに、呪いが発動して剣淵と佳乃がキスをしてしまったことを八雲は知っているのだろう。随分と知れ渡っているものだと呆れてくる。

 佳乃が喋ったのかそれとも菜乃花か。どちらにせよいい気分ではない。不快を示すようにじろりと八雲を睨みつける。

「僕は部外者ですから、奏斗と佳乃さんがどうなろうと知ったことではないですが……でも気になることがあるんですよ」

 三笠佳乃と呪いに関わりたくはない。そう決めているのだが八雲の発言が引っかかり、剣淵はぴくりと反応してしまった。

「僕たちは、佳乃さんの『ずれてしまっていた11年前の記憶』を元に戻している。佳乃さんの反応を見るに、『鷹栖』という名がきっかけとなって本来の記憶が戻ったのでしょう。しかしこれは良いことだったのか、僕はそれが気になっているんです」
「あいつの勘違いを正せたんだから、良いことなんじゃねーの?」

 それを聞いて八雲が首を横に振った。

「いいえ。では、自分が呪いをかけた側だったらどう思うか考えてみてください」

 剣淵は低く唸りながら、考えこむ。もしも自分が呪いをかけた側だったのならどう思うだろうか。佳乃に呪いをかけ、記憶を変えてしまうほどの目的があったはずだ。それが正しい記憶に戻ってしまったと気づいたら、きっと焦るだろう。

「よく思わねーだろうな」
「ええ、嘘の基準は佳乃さんの記憶です。そのベースとなる記憶が正しいものに戻ってしまった。それを呪いをかけた犯人が知ってしまったら――」

 佳乃の身に何が起きるかわからない。平和的なものであればいいがもし危害を加えられたら。
 想像しようとすれば妙に苛立って、佳乃に手を出すやつをぶん殴ってやりたいと考えてしまう。

「くだらねー話はいい。さっさと行くぞ」

 もう関わらないと決めたのだ。剣淵はかぶりを振って、思考から三笠佳乃を追い出した。