呪われタヌキに拒否権はない。脅された佳乃は黙って浮島についていく。

 話ができるところとして浮島が選んだのは空き教室。昨日佳乃と菜乃花が使った場所だった。
 教室に入ったところで浮島が扉を閉め、教室中央の机に腰かけた。
 対する佳乃はというと、浮島への警戒心をむき出しにして距離を開け、壁際で立ち止まった。いつでも逃げ出せるようかばんは肩にかけたままだ。

「さて、と。可愛い後輩ちゃんと二人きりなんて楽しいね」
「……早く本題に入ってください」
「やだー、佳乃ちゃんったらコワーイ。可愛い顔が台無し」

 ケタケタと明るく笑う浮島だがそれは表向きだけ。佳乃が取る行動や仕草、些細なものまで見抜いてやるとばかりに細い瞳の奥が鋭い光を湛えている。
 二人を包み込む緊張感。それを揺らしたのは、質問者である浮島が投げた言葉のボール。球種はもちろんストレートで。

「ねえ、嘘をついたらキスされちゃう呪いって、ホント?」

 平静を装いつつ頭をフル回転させて、佳乃は考える。ごまかしてしまえば嘘とみなされて呪いが発動してしまうのだ。できることなら口を閉ざしてこの場をやりすごしたいが、相手は初対面なのに抱き寄せてきた浮島だ。黙っていれば何をされるかわからない。ゆっくり、確かめるように言葉を選ぶ。

「……先輩は、どう思いますか?」
「あれれ。質問に質問で返してきたってことはホントなのかな? まあいいや――オレさ、昨日いいもの撮っちゃったんだよね」

 そう言うと、浮島はスマートフォンを取り出して動画を再生し、佳乃に向けて掲げた。

 浮島と佳乃の間は距離があったが、教室に充満する緊張がそれを感じさせない。すぐ近くで見ているかのように、音が聞こえてくる。

『こんな呪い、欲しくなかった! 普通の女子高生がよかった!』

 間違いなく佳乃の叫びである。自分の声だとわかった瞬間、佳乃の背筋を冷や汗が流れ落ちていった。
 この後、なにをしゃべっただろうか。必死に思い返そうとする佳乃よりも先にスマートフォンから叫び声がした。

『嘘をつくたびにキスされる呪いなんて、勘弁してよ!』

 扉の隙間から撮ったのだろう荒い映像の中に、長い金髪の女子生徒と黒髪の女子生徒が映っている。菜乃花と佳乃だ。

 佳乃は自分の愚かさを恨んだ。なぜ呪いのことを叫んでしまったのだろう。そう後悔しても時間が戻ることはなく、呪いの証拠は浮島に握りしめられたまま。

「……盗撮したんですね、最低」
「そんなつもりはなかったんだよ。可愛い女の子たちが集まって秘密のおしゃべりをしていたから、うっかり録画ボタン押しちゃっただけ」

 軽い口調で茶化しながら浮島は観察を続けている。佳乃の動揺、額に浮かぶ汗といった細部の変化まで逃すまいとしているのだ。
 佳乃を追い込んだと確信しているらしい浮島は、にたりと怪しげに口元を緩めて最初と同じ質問を投げた。

「それで、この話ってホントなの?」
「そ、それは――」

 口ごもりながら、どう答えたらいいのかと考える。できれば呪いのことを知られたくない。キスをされてしまう呪いなんて悪用されたらどうなることか。菜乃花のように信頼できる人ならともかく相手は浮島。初対面での行動や校則違反な容姿、盗撮までする男だ。信頼度はゼロどころかマイナスである。

 だがごまかしてしまえば、それは嘘となり、佳乃はキスされてしまう。相手が浮島になるのか他のものになるのかはわからないが、青春真っただ中絶賛片思い中の女子高生にとって唇は尊いものである。キスの安売りは避けたいところだ。

 秘密を守るか、唇を守るか。
 佳乃は二択に迫られた。

 ぴったりと閉まった扉により閉塞された教室と、返答を待って黙り込む浮島の視線に急かされる。まるで崖っぷちに立たされている気分だ。息苦しさを覚えるほど焦り、佳乃が選んだのは――