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 佳乃と剣淵の仲は冷え込み、学校がはじまっても二人が会話をすることはなかった。隣の席をちらちらとみて様子を伺ってみるが、剣淵が佳乃を見ることはなく、話しかけようとしても露骨に無視をして去っていく。

 変化はそれだけではなかった。
 伊達が学校を休むようになった。どうやら風邪を引いたらしいと隣のクラスの生徒が話していたが、最後に会った様子から単なる風邪ではないのだろうと佳乃は察した。

 八雲と剣淵のことが解決したはずなのに、悩みごとはやはり減らないのである。唯一いいことがあるとすれば、嫌がらせがなくなったことぐらいか。


「……なーるほど、八雲さんの推理ってすごいねぇ」

 そして金曜の放課後である。佳乃は、浮島と菜乃花と共に空き教室にいた。

 八雲の導きによって得た呪いの情報を二人に話したかったのだが、なかなか時間が取れず今日までお預けとなっていたのだ。
 伊達の告白から八雲、剣淵との話し合いまで一通りを話すと浮島が渋い顔をして言った。

「つまり佳乃ちゃんの記憶が何かによって書き換わって、11年前一緒にいたのが奏斗だったのに伊達くんになっちゃった、ってことでしょ?」
「はい。でも、どうして伊達くんだと思いこんじゃったのかはわかりません」
「なんだか、伊達くんが怪しい人に思えてきたわ。話していないのに、佳乃ちゃんの呪いを知っていたなんて変じゃない」

 菜乃花の言う通り、どの話にも伊達が絡んでいる。呪いについて知っていること、そし
てなぜか奏斗が伊達に変わっていたことも。

「でも……伊達くんって完璧すぎて不思議な人だったから、おかしいなと思っていたのよ」
「え? そうなの?」
「伊達くんに惚れこんでた佳乃ちゃんには話せなかったけどね。欠点がない完璧な人なんてなかなかいないでしょう、でも伊達くんは欠点がなかった。人間離れしているな、って思ってたぐらい」

 確かにどれだけ考えても伊達の欠点は見つからない。容姿、学力、運動すべてが完璧で、その上生徒たちからも慕われている男だ。佳乃から見て、伊達の性格は穏やかで誰にでも優しく、そこに問題があるとは考えにくい。

「それで、佳乃ちゃんに聞きたかったんだけど」

 佳乃が伊達について考えていたところで、菜乃花が話を切り出す。

「剣淵くんと喧嘩したの?」
「ど、どうしてそう思ったの?」
「だって今週ずっと喋っていなかったでしょう。あれだけ仲良くしていたのに、何かあったのかと思って」

 菜乃花だけではなく浮島からも好奇の目を向けられ、逃げ場がない。諦めて佳乃は二人に告げる。

「……呪いのこと、話したの」
「そっか。いよいよ呪いのことを知ったんだね。それで剣淵くんは怒ってた?」
「たぶん怒っていると思う。あいつ、無意識にキスをしてしまうぐらい私のことが好きなんだと誤解してたから……」

 改めて失恋を口にすれば、胸がずきりと痛む。剣淵を傷つけてしまった後悔だけでなく、佳乃の胸にくすぶる剣淵への想いが悲鳴をあげていた。

 そんな姿に居た堪れなくなったのか、菜乃花が佳乃の頭を撫でる。佳乃は、あははと軽く笑って菜乃花に言った。

「私が早く呪いのことを言わなかったのが悪いから。私よりも剣淵の方が傷ついていると思うし! それよりも、呪いのことを考えよう!」

 菜乃花と異なり、浮島は何も言わなかった。普段のへらへらとした表情ではなく、真剣な目つきをして何かを考えこんでいる。

 また悪い企みをしているのではないか――と声をかけようとした時、佳乃のスマートフォンが鳴った。
 慌てて確認する。新着メッセージと共に書いてあった名に、佳乃は驚きの声をあげた。

「だ、伊達くんだ……」
「噂をすれば、ってやつかしら。どんな内容なの?」

 伊達からのメッセージには『明日会えないかな、話がある』と書いてあった。

「呪いについて……伊達くんと話してみた方がいいかな」

 11年前の記憶では、鷹栖ばあちゃんの葬儀で伊達と出会っている。呪いだけでなく11年前についても伊達に話を聞きたいところだ。佳乃が提案すると、すぐ菜乃花が立ち上がった。

「私は反対よ。呪いのことを話していないのに知っているなんて怪しすぎるわ。もしかすると伊達くんが佳乃ちゃんに呪いをかけたのかもしれない」
「さすがにそれはないと思うけど」
「でも可能性はゼロじゃない。伊達くんに近づく時は気を付けて行動しないとだめよ」

 続けて浮島が頷く。

「オレも菜乃花ちゃんに賛成かなぁ。オレも危険人物って思われてそうだから人のこと言えないけど、伊達くんはちょっとヤバいかも」
「浮島先輩まで……」
「伊達くんに会って面白い呪いが追加になったら、オレいよいよ卒業やめちゃうかも。面白い呪いを見届けたいので留年しまーすって」

 冗談を交えているのはいつもの浮島だが、しかし本音では佳乃を案じているのだろう。

 だが二人の忠告を受けても、佳乃は伊達のことが気になっていた。もしも伊達が呪いと関係しているのならば、解く方法がわかるかもしれないのだ。

「……二人とも、ごめん」

 二人の気持ちはありがたいが、たとえ危険だとしても呪いについて知りたいのだ。もしも呪いが解けるのなら、すっきりとした気持ちで剣淵と話すことができるかもしれない。

「私、伊達くんに会うよ。これは呪いを解くチャンスかもしれないし」