八雲は想定していたのか頷くだけだったが、隣にいた剣淵の反応は異なっていた。

「は……? 11年前って、お前……」

 困惑しているのは剣淵だけではなく、佳乃もである。佳乃が世話になったおばあちゃんの名前をきっかけに、はっきりと思いだす。それをきっかけに頭痛はなくなったのだが、頭がぼんやりと重たい。

 こんな大切なことをどうして忘れていたのか。なぜ伊達だと思っていたのか。いまになれば姿や顔も浮かぶ。あれは伊達じゃない。

「私が、あけぼの町で出会ったの……剣淵だ」

 剣淵に告白をされた時は、そう告げれば『嘘』とみなされ呪いが発動していた。伊達だと告げた時には『嘘』にならなかったのだが――改めて剣淵の表情を確認するも、呪いが発動している様子はなく、その瞳ははっきりと生気を宿している。

 それではこの呪いは何なのか。
 11年もの間、呪いによる嘘の判定は正しいのだと思ってきた。それが崩れてしまって、恐ろしくなる。

 動揺する佳乃に、八雲が微笑んだ。

「ええ。思いだしてくれて嬉しいですよ。この間、佳乃ちゃんの話を聞いて、僕たちと一緒に夏休みを過ごした小学生の女の子はあなただと思ったんです」
「……どうして、言ってくれなかったんですか」
「確証がありませんでした。だから今日までの間に、僕もできる限り調べてみたんです。蘭香さんや菜乃花さんに話を聞いて、そして確信を得た」

 八雲は持ってきたかばんからノートとペンを取り出し、机に広げる。そこには先日佳乃が書いた呪い発動時の嘘も書いてあった。

「は? なんだこれ、呪いって――」

 呪いについて知らない剣淵は、ノートを覗きこんで不思議そうな顔をしていた。しかし八雲は剣淵を気にとめず、佳乃をじいと見つめて言う。

「答え合わせをしていきましょう。あなたの呪いを解き明かす時間です」

***

 11年前の、夏である。

 弟を身ごもり、臨月に入った母が倒れたことにより、夏休みの間、佳乃は鷹栖家に預けられることになった。三笠家と鷹栖家は親戚ではないものの、母と鷹栖おばあちゃんが仲良くしていたため、佳乃の面倒を見ると引き受けてくれたのだった。

 同じ頃。鷹栖家には、鷹栖おばあちゃんの娘とその子供たちが遊びにきていた。その子供たちこそ、剣淵奏斗や八雲史鷹である。佳乃は彼らと共に鷹栖家で過ごした。


 急に両親と離れて見知らぬ家に預けられたことやまだ見ぬ弟への不安は小学生の佳乃に抱えきれるものではなかった。昼夜問わず両親を思い出して泣き出すことが多く、そこで声をかけたのが剣淵奏斗だ。

「泣くなよ」
「……泣いてないもん」

 幼い佳乃の頬はべったりと涙で濡れ、拭ったのだろう袖も濡れている。剣淵は手を差しのべた。

「おねえちゃんになるんだろ。しっかりしろよ」
「まだおとうと生まれてない!」
「うだうだうるせーな。いいからこい。おれとあそべ」

 不思議と、その手を掴むと涙は止まった。

 剣淵と共にあけぼの町を探検したり、色々な話をしているうちに、寂しさは薄らいでいったのである。

「泣きそうになったらおれを呼べ。あそんでりゃそのうち忘れるだろ」

 その時から、佳乃は泣かなくなった。

 鷹栖家にて、八雲や剣淵といった兄弟たちと共に過ごし、特に剣淵は同い年なこともあってよく遊んだ。佳乃もすぐに打ち解け、二人は友達になったのである。