人を好きになることは残酷で、誰かを傷つけることもある。両想いなんて奇跡なのだ。
 そのことを知った佳乃はある決意を固めた。

 剣淵奏斗と距離を開く。

 たとえ一緒にいる時に心が安らごうが、剣淵を信頼していようが、接していればそれだけ剣淵を傷つけてしまうだろう。距離を置くことは剣淵のためになる。

 まもなくやってくるだろう剣淵と八雲の話し合いの日を最後にする。それが三笠佳乃の決意だった。


 話し合いの日が三日前と迫った頃だった。

 放課後、佳乃は浮島に呼び出されて三年生の教室にいた。その日は部活動もないため残っている生徒は少なく、教室には二人しかいなかった。

「私はここに立っていればいいんですか?」

 浮島に指定された通り、扉の前に立つ。対する浮島はというと、廊下や扉の方からは死角になるだろう教卓の影に座りこんでいた。

「そう。んで先生がきたら『浮島先輩はここにはいません』と言ってほしいんだよね」
「つまり……私は見張りですか」
「見張りだなんて言葉が悪いなぁ。佳乃ちゃんは騎士。んでお姫様がオレ。騎士様、オレを守って」

 語尾にハートマークがついていそうな、裏返った気持ち悪い声で浮島が言う。

 どうやら浮島は担任に呼び出されているらしく、逃げ回るべく佳乃を見張りに選んだようだった。悪事の片棒を担がされている気がしてしまう。

「呼び出しって、また何かやらかしたんですか?」
「えー。オレがそういう男に見える? ただの進路話だよ。願書提出準備や勉強の進捗確認だってさ」

「それって大事な呼び出しじゃないですか」

 こそこそと逃げ回り、佳乃を見張りに立てるほどだ。相当なことをやらかしたのかと思っていたが、ふたを開けてみればこの時期の三年生らしい内容である。

 しかし浮島は渋っていた。教卓の影から出てくる気配はまったくない。

「オレ、留年したいんだよねぇ。そしたら佳乃ちゃんと同級生になれるし」
「またそういうことを言って……ちゃんと卒業してくださいね」
「佳乃ちゃんが同じ大学にきてくれるならいいけど。でも空白の一年ができちゃうのか。それは困るなあ」
「浮島先輩、大学進学予定なんですね……意外でした」

 卒業の話は聞いたことがあったが、大学進学を目指しているとは意外だった。素直に告げると、困ったように笑って浮島が言った。

「オレはどうでもいいんだけどね。親父と兄貴たちがうるさいから」

 先日の買い物の時を思い出し、はっとする。浮島にとって触れられたくない話かもしれないと息をひそめる佳乃だったが、教卓からかすれ声が続く。

「どれだけ好きなことをしようが遊んでいようが構わないから、親父や兄貴たちに恥をかけないようせめて大学は出ろだってさ。困っちゃうよね、オレは留年希望なのに」
「……留年はよくないと思いますけど」
「だって、オレがいない間に佳乃ちゃんをとられちゃうかもしれないじゃん?」

 教卓の影から、にたりと笑った浮島が顔をだす。

「ライバル多いからさ。伊達くんに奏斗に」
「け、剣淵もですか!?」
「オレ的にはそっちのが手強そうなんだよねぇ。だってこの間の買い物でも――」

 そして浮島が言いかけた時だった。