剣淵と八雲が会う日まで残り一週間となった頃。
 三笠佳乃は使いパシリとなっていた。

「……今時、荷物持ちで呼び出してくる人なんているんですね」

 それは駅前のショッピングモール。どこで買ったのか謎の巨大ぬいぐるみ二体を抱えて汗だくの佳乃が悪態をついた。その矛先はというと、佳乃の少し前を楽しそうに歩く性格最悪の男こと浮島紫音だ。

「だってオレ、そんなお人形さん持って歩けないし?」
「じゃあなんでこれ買ったんですか?」
「可愛いでしょ?」

 可愛いとは言い難い、目玉が三つあって焦点のあっていないクマの人形に、元はウサギだったのだろうがゾンビのように溶け落ちた謎の生き物の人形。ファンシーというよりキモかわいいになるのだろうか。何にせよ浮島紫音にあまり似合わないのだが。
 佳乃の頭から胸あたりまでの大きさとビッグサイズの人形は目立つ。抱きかかえていればそれなりの絵になるのかもしれないが、大型のキモカワ人形が二体。その他に浮島が買った靴や服の紙袋もあるため、ラグビーボールのごとく小脇に抱えての移動となっている。

「うんうん、可愛い可愛い。佳乃ちゃんの腕筋肉ムキムキ」
「……写真撮る余裕あったら少しは持ってくれてもいいと思いますけど」
「ごめんねぇ、オレ非力だからさ。奏斗がいたらよかったのにねぇ」

 くすくすと笑うばかりで浮島が荷物を持つ様子はまったくない。

 こうなったのも前日のメッセージである。突如浮島が買い物に付き合えと命令を出してきた。
 佳乃も剣淵も断ったのだが、来なければ大量に溜まった二人の面白動画をばらまくと脅してきたのである。そうなれば佳乃は行かざるを得ない。渋々承諾するが、剣淵は先約があるからと頑なに断った。どうやらサッカー部の助っ人をすると決まっていたようだ。

「うわー、これ見て! 飲むだけで声が変わる飴だって。マジかよー」

 これまで何軒も店を回ったというのに、浮島の物欲は止まないらしい。ジョークグッズや一風変わった小物が並ぶ雑貨店で足を止め、怪しげなキャンディの袋を手に取っている。

「それも買うんですか?」
「面白そうなら何でも採用。うわ、一目惚れさせる粉だって。やばくない? 奏斗に盛るか」
「剣淵逃げろ、ってメッセージ送っておきますね」
「別に佳乃ちゃんでもいいよ。効果を試せればオッケーだから」

 随分と物騒なことを言う男だ。と呆れてしまう。

 まじまじと見れば、そのパッケージの裏には『ジョークグッズです。効果はない……かも?』と書かれていた。本物の惚れ薬ならば人が大勢来るショッピングセンターの、しかもワンコインで買えるお値段で売らないだろう。これが偽物なことは浮島もわかっていると思うのだが、見ればカゴの中にしっかりと声変化飴や惚れ粉薬が入っている。

「これも買うんですね」
「もちろん。そして荷物持ちは佳乃ちゃん」

 さらに荷物が増えると思えばさらに憂鬱な気持ちになってしまいそうで、逃げるようにキーホルダーのコーナーを見る。そこにはキモカワからファンシーまでの様々なマスコット付きキーホルダーがあった。

「……あ、」

 佳乃の目が止まったのは、まんまるの目とツンツンの頭がかわいいハリネズミのキーホルダーだ。どうやら人気があるシリーズなのか、サングラスをかけてたばこを咥えた不良バージョンやしなびた針の上に手ぬぐいをのせて温泉につかるなど、様々な種類があった。

 触るなよとばかりに針を立てるハリネズミを見つめていると、剣淵が浮かぶ。

 剣淵に買っていこうかと思ったが、悔しいことにどれも可愛いのだ。同じコーナーにあるタヌキのマスコットシリーズはどれもマヌケだったり面白かったりするのに、ハリネズミたちがどれも可愛いのが許せない。特に走っているハリネズミが剣淵らしい。首なのか胴体なのか判断つかない部分にタオルを巻き、ハリネズミの癖に後ろ足二本で走っている。佳乃や浮島に振り回されて走り回っている姿にそっくりだ。

 買うにせよ買わないにせよ、両手いっぱいに荷物を抱えている状態ではどうにもならない。
 救いを求めるべく浮島の姿を探すと、その姿はレジにあった。どうやら買い物を終えていたらしい。声をかけようとしたところでふと気づく。

 表示された金額に対し、浮島が取り出したのは財布――ではなくクレジットカード。そういえばここまでの買い物すべて、浮島はカードで支払いをしていた。佳乃はカードなんて持っていないし、浮島が人形や靴、服といったものをあっさり買えるほど財布が豊かではない。

 買ったばかりの品を詰めた袋をさげて浮島が戻ってくる。

「おまたせー! あれ、まぬけな顔してどうしたの?」
「あ、えっと……」

 気になる、けれど聞いていいのだろうか。戸惑いながらとりあえず佳乃は手を差しだす。

「……どうぞ」
「うん?」
「どうせ私に持つんですよね。早くこっちに渡してください」

 すると浮島は呆れたように笑い、佳乃の頭を撫でた。

「従順だね、よしよし。でもいいよ、そろそろ許してあげる」
「『許してあげる』ってものすごーく上から目線ですね……」
「あれあれ。荷物もっと持ちたいって? どうしようかな」
「……勘弁してください」

 そしてまた浮島はふらりと歩き出す。次に足を止めたのはドラッグストアだった。

「ここでも買い物ですか?」
「まあ、ね」

 浮島にしては珍しく歯切れの悪い返答が引っかかる。店内に入っていく浮島の後をついていくと、向かったのはヘアカラー剤が並ぶコーナーだった。

 歩く校則違反でもある浮島紫音の髪は、派手なピンク色である。色が抜けやすいからと数日おきに手入れしている話を聞いたことがあり、今回の買い物もそれだろうかと予想していたのだが、浮島が手を伸ばしたのは黒のヘアカラー剤だった。

「……え?」

 どれだけ先生に言われようが生徒から噂をされようが、髪色を変えなかった浮島である。それがまさかの黒ときたもので、佳乃は素っ頓狂な声をあげていた。

「そんなに驚かなくてもいいじゃん。オレだってイメチェンぐらいするしー?」
「いやいやいや。でもそれは……浮島先輩っぽくないというか」

 そういうと浮島は苦笑した。

「一応、受験生だし。もうすぐ卒業だから」

 その一言が佳乃と浮島の間に存在する年齢差の壁を映し出す。佳乃や剣淵らと違い、浮島は三年生。高校生活のカウントダウンがはじまっているのだ。

「って言っても悩んでるんだけどね……まあいいや、買ってくるよ。これで買い物は終わりだから、佳乃ちゃんはベンチで待ってて」

 浮島の困ったような微笑みから寂しさを見出してしまう。普段と変わらないように見せつつ、しかし何か悩みを抱えているのではないかと、レジに向かう浮島を見送りながら考えていた。