「それで、質問ですけど。佳乃ちゃんの呪いを解く方法は何かあるのでしょうか?」

 すると八雲は再び考えこむ。ぼさぼさの頭を掻きながら、うつむいた顔はそのままレストランのテーブルにくっついてしまいそうだ。
 なかなか語らぬ八雲の代わりに答えたのは浮島だった。

「つまりはさ、佳乃ちゃんが呪いを信じなければいいんじゃない? 忘れちゃえば?」

 すると八雲が顔をあげた。

「それは難しいと思うな。傷ついた言葉とかトラウマってなかなか忘れられないでしょう? 佳乃さんの場合は小学生の頃から今日までずっとだ、一度焼き付いてしまったものを忘れるのは難しいんじゃないかな」
「んー、確かにそうだねぇ。剣淵との二回目のキスだって、『忘れたと思っていたのに忘れていなかった』だもんね」
「解くとしたら心理療法もしくは呪いをかけた本人から発言を訂正してもらうぐらいでしょうか。お祓いとか解呪の儀式という手もありますが、僕はこういうのを信じていないんです。オカルト話は大好きですけど、宇宙人とかUFOとかそっち専門なので」
「オカルトマニアっていうから呪いとか好きなのかな、って思ったらそうじゃないんだねー。はっきり信じていないなんて言っちゃうし、なんだか意外かも」

 どうやら浮島も同じことを考えていたらしい。その通りだと佳乃も頷いて浮島に賛同した。

「そうですね意外かもしれません。僕はUFOを探しているんです。呪いとか心霊話も嫌いではないですが、一番はUFOが見たいんですよ。ロマンが詰まっていますからね、皆さんは見たことはありますか? ちなみにUFOって――」

 再び暴走した八雲に困り、呆れ顔の菜乃花に視線を送る。

「史鷹さんね、こういう人だから。暴走した時は放っておいて」
「は、はは……個性的だね」
「他にも聞きたいこととか気になることはない?」
「んー……」

 気になること、といえば、ある。
 あけぼの山の斜面を落ちた時、呪いが発動しなかったことだ。

「……あのね。気になっていることがあるんだけど」

 佳乃が切り出すと、暴走してぶつぶつ喋っていた八雲もぴたりと動きを止めて聞き入った。

「あけぼの山で落ちちゃった時、足をくじいて捻挫しちゃったんだ。でもそのことに気づいていなくて、みんなに『大丈夫だよ』って答えてから、足の痛みに気づいた」
「ああ。だから奏斗に背負ってもらってたんだね」
「その時、嘘にはならなかったの? だって私たちに『大丈夫』と言った時には足を捻挫していたんでしょう?」

 佳乃は頷く。

「なんでかわからないけど……嘘にならなかった」

 するとここまで黙って聞いていた八雲が動いた。

「もしかすると、それは――――」

 そこまで言いかけた時である。
 レストランのフローリングにこつこつと響く靴の音。それが佳乃たちのテーブル近くでぴたりと止まった。

 遅れてきた剣淵なのだろう。遅刻を責めてやろうと顔をあげた時――剣淵は目を丸くし、一点をじっと見つめて硬直していた。

 それから数秒の間をおいて、眉間に皺が寄る。怒りの感情がみるみる表に現れ、どすの効いた声で呟いた。

「なんで、ここにいるんだよ」

 それは菜乃花や浮島、佳乃たちに向けられたものではない。佳乃が振り返り確認すると、その言葉をかけられた男は困ったように微笑んで答えた。

「久しぶりだね、奏斗」

 八雲と剣淵が知り合いなのだと思われるが、剣淵の反応を見るに、剣淵はあまり会いたくなかったのではないか。困惑する佳乃らを無視して、剣淵と八雲のにらみ合いが続く。一方的に睨んでいるのは剣淵で、どちらかというと八雲は申し訳なさそうにしていた。

「……えーっと。ちょっと事情がよくわかんないんだけど、奏斗と八雲さんは知り合いってやつ?」

 冷え込んでしまった場に浮島が切りこむと、八雲が頭を下げながら答えた。

「そうです。いつも弟がお世話になっています」
「誰が弟だ。ふざけんじゃねぇ!」

 剣淵の拳が叩きつけられ、テーブルの上に乗っていたコーヒーカップとソーサーが揺れた。ガチャンと不快な音が響き、佳乃たちはおろか周囲の客の視線も剣淵に集まった。
 レストラン内が妙な沈黙に包まれ、その静けさが剣淵の頭を冷やしたのだろう。皆の注目を浴びていると気づいた剣淵は背を向け、引き返そうとした。

「奏斗。ちゃんと話をしよう」
「うるせー、二度とそのツラ見せんじゃねーぞ。俺は帰る!」

 八雲に呼び止められても剣淵は振り返らない。菜乃花や浮島、そして佳乃でさえ剣淵に声をかけることができず、そのまま見送るしかできなかった。