彼女は柵につかまりながら、一歩ずつ近づいてくる。
『どこか行きたいとこはない? 見たい映画とか、遠くに行きたいとか、どこでも音ちゃんと一緒に行くよ?』
私を必死に説得しようとする茉雛ちゃんの姿に、涙が止まらなかった。
『そうだ。今日、うちに泊まりにこない?』
『茉雛ちゃんの家に……?』
『音ちゃんが嫌じゃなかったらうちの両親に、これからのこと少し相談してみない? 話したくなかったらいいの。ただ私とあったかいお風呂に入って、いっしょに寝ようよ。眠れなかったら朝まで話そう? どんな話でもいいよ。音ちゃんの話、なんでも聞くから』
茉雛ちゃんの涙で濡れた笑顔が、
まっすぐな言葉が、
私を助けようとしてくれていた。
もう限界だったはずなのに……。
『死にたい気持ちはすぐに消えないかもしれない。でもね、死ぬのは明日でいいやって、今日はなんとか生きていようって、あのころ私も、その繰り返しだった』
死んだらきっと……ラクになれるのに……。
そう信じていたのに。
茉雛ちゃんのせいで迷いはじめていた。
『死ぬのは明日でいいや、今日は自分を全力で幸せにしてあげようって……。そうやってあのころ、死にたくてたまらない今日をなんとか乗り越えて生きてきた。そしたら、たまにだけどいい日もやってきて、今日はいい日だったから、明日も生きようって思えたりした』
『ううっ……ううっ……』
『音ちゃん、この世界に永遠なものなんてないよ。命も、悲しみも、苦しみも、幸せも、すべてがいつか終わるもの。音ちゃんの苦しみも、いつか必ず終わるときがくるよ。だから……』
彼女は柵から手を離し、私に向かって手を伸ばした。
私を見つめる、彼女のまっすぐな瞳。
『だから……音ちゃんも生きていて』
そう言って茉雛ちゃんがまた一歩私に近づいたとき、たくさんの雪が落ちた。
『やっ……』
足元のバランスをくずした茉雛ちゃんは、ふちに積もっていた雪とともに……。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
