伊原くんの大きな手が、私の頭をそっとなでる。
「なにもされてない。大丈夫だから」
「ホントに……? だけど私、先生の家で意識がなくなって……」
彼は私を優しく抱きしめた。
「なにもなかった。本当だ。風杏」
「……いま、私のこと風杏って」
「え?」
「いままで名前で呼ばれたことなかったから」
「あ、無意識だった」
彼は私の体をそっと離した。
「えっと……名前で呼ばれるの嫌?」
「い、嫌じゃないよ! 全然、嫌じゃないから。“汐野”って3文字より“風杏”って2文字のほうが呼びやすいでしょ?」
私はなんて、しょうもないことを……。
素直に名前で呼ばれたほうがうれしいって言えばいいものを。
眠っていたとき、“風杏”って何度も私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
夢でも見ていたのだと思ったけど、あれは本当に、伊原くんの声だったのかもしれない。