黒河内先生の車の助手席に乗りこんだ私は、うつむいてため息をつく。
「その様子じゃ、赤西とあまり話はできなかったのか?」
運転席に座った黒河内先生は、私の顔を横からのぞきこんだ。
「私が聞きたかったことも、赤西さんが学校に来ない理由も聞けませんでした」
「そうか、残念だったな」
「はい……」
車のドリンクホルダーから蓋のついた紙コップを取った黒河内先生は、それを私にくれた。
「汐野を待っているあいだ、そこのコンビニであったかいコーヒー買ってきたんだ」
「ありがとうございます。いただきます」
私は、ひとくちコーヒーを飲む。
「黒河内先生」
「なんだ?」
「車で待つって言ってたのに、どうして赤西さんの家に来たんですか?」
黒河内先生が来るタイミングは最悪だった。
あのとき先生に気を取られなければ、赤西さんにドアを閉められることもなかったのに。
赤西さんから何か話が聞き出せたかもしれないのに。
なんて……先生のせいにしてみる。
「やっぱり赤西のことが心配になってさ。僕もしばらく赤西の顔を見てないから、顔ぐらいは見たかったんだけどな」
「そうですよね」
赤西さんの元担任だし、不登校になる前は赤西さんから何か相談されていたみたいだし、黒河内先生も心配だよね。
だけど、結局何も聞けなかった。
「黒河内先生のおかげで赤西さんの家の場所はわかったし、また日をあらためて話を聞きにきます」
「そうか」
黒河内先生は車のエンジンをかける。
「汐野は何が好きなんだ? 帰る前にごちそうするよ」
「え? そんなのいいですっ!!」
「遠慮するな。赤西のこと気にかけてくれるお礼だ」
「私そんなつもりじゃなくて……」
「じゃあ、先生の家に来るか?」
「え?」
「僕、料理が得意なんだ。なにかおいしいもの作るよ」
「いえ、いいですっ! そんな……」
「遠慮しなくていいから」
黒河内先生はニコッとすると、ハンドルをにぎる。
車はゆっくりと走りだした。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
