「白石さん……あんな事故が起きるなんて……。まだ意識が戻らないって、保健室に登校したとき聞いたけど……」
「うん、そうなの。でも私は信じてる。白石さんが目を覚ますこと」
赤西さんはやっと顔を上げて、目を合わせてくれた。
「それでね、赤西さんて、2年のとき白石さんと同じ図書委員だったよね?」
赤西さんは小さくうなずく。
「ふたりは、その……仲が良かったの? お互いのことをよく話したりするような……」
「……どうして?」
「白石さんの事故が起きる数日前、白石さんが学校の廊下で誰かと電話してた。そのとき白石さん泣いてたの」
その現場を見たのは緑河くんだけど、赤西さんに説明するとややこしくなるから、私が白石さんを目撃したことにしよう。
「そのとき白石さん、泣きながら“戦わなきゃいけない相手がいる”って言ったの。だけど、なんのことなのか全然わからなくて」
赤西さんはうつむいて黙りこむ。
「白石さんが話してた電話の相手って、赤西さんだよね……?」
「どうしてそれを……?」
「あ、えっと……白石さんの親にスマホの着信履歴を見せてもらったら、赤西さんの名前があって……」
「そう……」
「電話で白石さんと何を話したの?」
「……どうして話さなきゃいけないの? 汐野さんには関係ないことだから」
赤西さんは玄関のドアを閉めようとする。
「ごめん、待って! 白石さんが言ってた“戦わなきゃいけない相手”に心あたりはない?」
「もう帰って」
赤西さんは何かを隠してる?
「赤西さん、何か知ってるなら話して? お願い」
そのとき、足音が聞こえた。
振り向くと、アパートの階段を上がってきた黒河内先生の足音だった。
「黒河内先生……」
私がつぶやいた瞬間、ドアがバンッと勢いよく閉まった。
すぐに鍵やドアチェーンのかかる音も聞こえた。
「赤西さんっ! 赤西さん、話はまだ……」
私はドアを叩いて必死に呼びかけたけど、再び赤西さんが中から出てくることはなかった。
「今日は帰ろうか、汐野」
黒河内先生は、私の肩にそっと手をおく。
「はい……」
私と黒河内先生は、赤西さんの家をあとにして、アパートの階段を下りていく。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
