彼はあぐらをかいて床の上に座ると、私の顔を見つめる。
「うれしい出来事から聞こうかな」
「あのね、紫蘭ちゃんに彼氏できたの。他校の人だって」
「ああ、あの1年生か。じゃあ遊び人の緑河とはもう……」
「うん。緑河くんのことは、ふっきれたみたい。彼氏と幸せそうだったよ」
「へぇ~。なんか、汐野も自分のことみたいにうれしそうだな」
「うん。紫蘭ちゃんがつらかったときのこと知ってるから」
あのとき、紫蘭ちゃんに幸せな恋をしてほしいと思ってた。
恋愛経験のない私がえらそうにいろいろ言ったくせに、いまは私がつらい恋をしている。
決して幸せにはなれない、叶わない恋を。
「それで、残念な出来事っていうのは?」
「あ、うん……さっき偶然、赤西さんに会ったんだけど逃げられちゃって……ごめんね、伊原くん。せっかく白石さんのことが聞けるチャンスだったのに……」
「赤西ありさに? どこで会ったんだ?」
「スーパーでたまたま見かけて声かけたんだけど……赤西さん私服だったし、今日も学校には来てなかったみたい。走って追いかけたんだけど、赤西さん走るのめっちゃ早くてスーパーの駐車場で見失っちゃった」
「汐野が相手でも逃げるなら、俺なんか絶対に話すの無理だろうな」
「ごめんね」
「謝るなよ。そんな落ち込むなって。全然気にしなくていいよ」
「でも、白石さんの事故につながるかもしれない手がかりは、いま赤西さんに話を聞くことくらいしかないのに」
私は学校のカバンの中から、白石さんの事故についてまとめたノートを取りだして開いた。
すると彼が私の隣に来て、一緒にノートをのぞきこむ。
彼の顔があまりに近くて、急に私の胸の音が大きくなった。
こんな……ドキドキしている場合じゃないのに。
私は必死に意識をそらそうと、ノートの文字を見つめる。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
