「あ、あのさ、伊原くん……」
「ん?」
「あの……」
私が振り返ると、彼はドライヤーのスイッチを切って、私の顔を見つめた。
「あのね……」
「どした?」
彼は優しく微笑む。
「あの……伊原くんが使ってるシャンプーすっごくいい匂いだったんだけど……」
聞けない。
やっぱり無理だ。
いまの関係が壊れてしまいそうで怖い。
「ああ、あのシャンプーもらったやつなんだよね」
もらったもの……彼女からのプレゼントかな。
「俺こだわりないから、もらったものとか使うんだけど、たしかにいま汐野の髪乾かしてていい匂いするな~って思ってた。自分じゃあんまり気にしてなかったけど」
「もうドライヤー大丈夫。だいぶ乾いたし。ありがとう」
「どういたしまして」
私ってば、なにを聞こうとしてるの?
片想いなのに。
最初から叶わない恋なのに。
どんな答えを期待したの?
伊原くんには、白石さんがいるんだよ。
私……最低だ。
本当に最低だ。
あの夜は、なにもなかった。
私たちのあいだには、なにもない。
私は、彼と彼女のために事故の真相を調べるだけだ。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
