「あ、あのさ、伊原くん……」


「ん?」


「あの……」


私が振り返ると、彼はドライヤーのスイッチを切って、私の顔を見つめた。


「あのね……」


「どした?」


彼は優しく微笑む。


「あの……伊原くんが使ってるシャンプーすっごくいい匂いだったんだけど……」


聞けない。


やっぱり無理だ。


いまの関係が壊れてしまいそうで怖い。


「ああ、あのシャンプーもらったやつなんだよね」


もらったもの……彼女からのプレゼントかな。


「俺こだわりないから、もらったものとか使うんだけど、たしかにいま汐野の髪乾かしてていい匂いするな~って思ってた。自分じゃあんまり気にしてなかったけど」


「もうドライヤー大丈夫。だいぶ乾いたし。ありがとう」


「どういたしまして」


私ってば、なにを聞こうとしてるの?


片想いなのに。


最初から叶わない恋なのに。


どんな答えを期待したの?


伊原くんには、白石さんがいるんだよ。


私……最低だ。


本当に最低だ。


あの夜は、なにもなかった。


私たちのあいだには、なにもない。


私は、彼と彼女のために事故の真相を調べるだけだ。