雨に濡れてしまった私は、伊原くんの家でシャワーを浴びさせてもらった。
制服が乾くまでのあいだ、伊原くんが貸してくれた服を着る。
私の体にはかなり大きいTシャツと短パン。
借りたバスタオルで髪を拭きながら浴室を出ると、彼は窓際に座って雨の降る外を眺めていた。
「あの、ありがと……服とかいろいろ……」
「さっぱりした?」
「うん」
私は、部屋の入口のそばにペタンと座り、うつむいて長い髪をタオルで拭く。
伊原くんの服を着ていることに、いまさらドキドキしてきた。
しかも、伊原くんが使ってるシャンプー、ものすごくいい香りがする。
どこで売ってるシャンプーなんだろう?
この辺りのドラッグストアでは見たことない高そうなシャンプーだった。
「ドライヤー使うよな? 待ってて」
そう言って彼はドライヤーを手に持って、私のうしろに座った。
まさか……え?
伊原くんが私の髪を乾かしてくれるの?
そんなドラマみたいな話あるわけないよね。
彼はドライヤーのスイッチを入れて、私の髪にそっと触れた。
私が固まっていると、ドライヤーの音とともにうしろから彼の声が聞こえた。
「汐野の髪、めっちゃきれいだよね」
「そ、そう?」
「うん」
いま、なにが起きてるの?
伊原くんが私の髪を乾かしてくれている。
どうして?
ただのクラスメイトなのに……いや、ただの相棒なのに。
こんなことしてもらっていいの?
夏休み前のあの夜のこと、ずっと気になっていた。
あのとき私を抱きしめてくれたのは、私が泣いていたからだってわかってる。
でも、私を抱きしめたまま、頭にそっとキスしてくれた気がした。
あのキスには、なんの意味もないの……?
夏休みに入って伊原くんからは一度も連絡が来なくて、あのキスはやっぱり私の勘違いだと思った。
そんなことするわけない。
だって、伊原くんには大切な彼女がいるのに。
だけどいま、彼女みたいな扱いを受けている。
それとも、男女の友達って、こういうこと普通にするの?
私にこういう経験がないだけ?
それともいま、あの夜、私にキスしたよね?って、なんでそんなことしたの?って、勇気を出してきいてみる?


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
