「ちょっと待ってて」
そう言って紫蘭ちゃんは、相手の男の子から離れると、私の元に駆け寄ってきた。
「汐野先輩に報告しようと思ってたんですっ」
彼女は私の腕にぎゅっとしがみつくと、そのまま少し離れたところに私をつれていく。
男の子に話し声が聞こえないように、紫蘭ちゃんは小さな声で言った。
「へへっ、彼氏できたんです。夏休み中にバイト先で出会って……他校の人なんですけど」
「わぁ! おめでとう、紫蘭ちゃん」
「蓬先輩のことで、あんなに苦しかったのに……。でも新しい恋したら、もう全然平気で。なんであんなに悩んでたんだろうって思うくらい」
緑河くんのこと、ふっきれたんだ。
「よかった。そう思えるなら、いま幸せな証拠だね」
「はいっ」
紫蘭ちゃんは笑顔でうなずく。
「あのとき、汐野先輩に話を聞いてもらえなかったら、いまも蓬先輩と関係を続けていたかもしれないし、夏休みに出会いを求めてバイトすることもなかったと思うんです。ホントにありがとうございました」
「私は何もしてないよ。紫蘭ちゃんが勇気を出して新しい世界に飛び込んだから、そこで新たな出会いがあって、好きな人にも出会えたんだよ」
紫蘭ちゃんの彼氏がこっちを見ている。
「ほら、彼氏待ってるから、行って?」
「汐野先輩も幸せな恋してくださいねっ」
「ふふっ、うん。ありがとう」
紫蘭ちゃんは、彼氏のところに戻っていった。
そして彼氏と手をつないで歩いていく。
紫蘭ちゃんの幸せそうな顔を見て、私もほっこりした気持ちになった。
よかったね、紫蘭ちゃん。
新しい恋をして、つらい恋を過去にできた人もいる。
私もいつか、いまの想いを、過去にできる日が来るのかな。
紫蘭ちゃんが泣いて苦しんでいるときに、きれいごとばかり言ってしまったけど、自分が恋をしてやっと気づいた。
頭ではわかっていても、どうにもならない気持ちがあること。
誰だって、傷つきたくなんかない。
楽しい恋がしたい。
みんな、ただ幸せになりたいだけなのに。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
