夏休み前の、あの夜のこと。
伊原くんの両親のこと、悲しい過去を聞いて、私が泣いてしまったあの夜。
伊原くんは、私を抱きしめてくれた。
私を抱きしめたまま、彼は私の頭にキスをした……ような気がした。
いや、たぶんした。
ううん、したよね?
だけど、あのあとも何事もなかったかのように毎日が過ぎていき、夏休みに入ってしまった。
夏休みに入ってから、1回も……。
いーっかいも、伊原くんからの連絡はなかった。
たしかに夏休み、彼は忙しいと言っていた。
遠くに行くって、がんばって働くって……そう言ってた。
だけど、いくら忙しくたって、電話くらい……メッセージの一言くらい、くれたっていいのに。
あんなに優しく抱きしめておいて、たぶんだけど頭にキスまでしておいて、なんなのよ……って、夏休みのあいだ、勝手にスネてみたりもした。
だけど、自分から連絡する勇気もなかった。
抱きしめてくれたのも、頭にキスしたのも、ただ雰囲気にのまれただけかもしれない。
後悔しているのかもしれない。
きっと、そうだ。
だって彼には、彼女がいる。
誰より大切な彼女がいるから。
夏休み中、私の心は忙しかった。
甘い夢を見たり、現実に落ちこんだり。
連絡を待ってみたり、スネてみたり。
だから、必死に勉強した。
ほかのことに集中して、頭から彼のことを離したかった。
でも、夏休みが終わりに近づくにつれて思った。
会いたい。
ただ、彼に会いたい。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
