私はトイレを済ませて、再び白石さんの病室に向かった。
病室のドアが少しだけ開いていて、中から明かりがもれている。
私は廊下から、中の様子をこっそりのぞいた。
白いベッドの上に横たわり、意識が戻らないままの彼女。
そのそばで、彼女を悲しそうに見つめる伊原くん。
「茉雛」
彼は彼女の名前を愛おしそうに呼ぶ。
「いつまで眠ってるんだよ。もう半年も過ぎたんだぞ」
彼は彼女に向かって、優しい声で話しかける。
「茉雛……目を覚ましてくれよ」
彼の気持ちを考えると、苦しくてたまらない。
「俺には茉雛しかいないんだから」
……伊原くん。
“俺には茉雛しかいないんだから”
「……っ」
私は廊下の壁にもたれた。
吐き出した息が震える。
上を向いて必死に涙をこらえようとしたけど、ダメだった。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
