や、やめて……!
顔を背けた瞬間、ドサッと物音がした。
その音に反応した緑河くんが振り返り、私も顔を上げる。
床にカバンが落ちていて、そばには1年生の紫蘭ちゃんが立っていた。
「し、紫蘭ちゃん……!」
どうしよう。
この光景を見たら、誰だってヘンなふうに誤解する。
「これは、ちがうのっ」
私の言葉に何も答えない紫蘭ちゃんは、いまにも泣きだしそうな表情だった。
紫蘭ちゃん……。
すぐに自分のカバンを拾い、紫蘭ちゃんは走っていってしまった。
「ちょっと、緑河くんなにしてるの? 紫蘭ちゃんのこと追いかけなきゃ」
「なんで俺が追いかけるの?」
「なんでって……紫蘭ちゃんとは、その……キ、キスする仲なんでしょ?」
「それだけの関係だよ。追いかける理由なんてある? 向こうだってわかってる」
だけど、紫蘭ちゃんのさっきの表情……。
緑河くんは遊びのつもりでも、紫蘭ちゃんはちがうんじゃないの?
私だって、いくら恋愛経験がないからって、そこまで鈍感じゃない。
「もっと女の子のこと大切にしないと、いつか痛い目にあうよ?」
「一緒にいるときは、めちゃめちゃ優しくしてるつもりだけど?」
そう言って、緑河くんはニコッとする。
「それより続きしよっか……」
「はいっ!?」
私の両肩をつかんだ緑河くんは、目を閉じて顔を近づけてくる。
「なっ……ちょっと……!」
そのとき、緑河くんと私のあいだを通るように、本を持った男子がぶつかってきた。
「痛ぇな……なにすんだよ?」
緑河くんが男子の肩をうしろからつかむと、振り返ったのは伊原くんだった。
「あー、本読んでて、前見てなかった」
そうボソッと答えた伊原くんを見て、私は微笑む。


![春、さくら、君を想うナミダ。[完]](https://www.no-ichigo.jp/img/issuedProduct/10560-750.jpg?t=1495684634)
