咲子は父親の怒りが昨夜だけの事であってほしいと思っていた。
この一人暮らしを大切にしている娘の思いを、父も母もよく知っている。
咲子は自分の部屋がそのままの状態である事を期待して、そのドアを開けた。
でも、そこはもぬけの殻だった。驚くほど何も残っていない。
咲子はそれだけ確認すると、すぐに下で待っているタロウの元へ急いだ。
「タロウさん、ホテルへ向かってください…」
咲子は悔しくて涙がこみ上げる。
七条宗一に娘を思う情愛というものは存在しない事を、今、この時、確信した。
「咲子さん、大丈夫ですか?」
タロウは車を運転しながら、バックミラーで咲子の様子を見て心配になった。
由緒ある家のお嬢様も色々とたいへんなんだと思い、あまり詮索しない事にした。
でも、涙を浮かべながらも背筋をピンと伸ばしてタロウに微笑みを向ける咲子は、すごく魅力的だと思った。
本物の品の良さは選ばれた人間へのギフトであって、タロウを含む凡人が手に入れるチャンスはほぼ無いに等しいから。
タロウは咲子をホテルへ送り届け、すぐに映司にメッセージを送った。
咲子をマンションへ連れて行った事、部屋の中には何もなくて落ち込んでいる事。
必要最低限の事柄だけ伝えればいい。
タロウは映司の返信を待たずに車を走らせた。



