「タロウさん、あの、お願いがあるんですけれど…」
咲子は、迎えに来ていたタロウに開口一番そう言った。
タロウにドアを開けてもらい後部座席に座った咲子は、タロウが運転席に戻るのをジッと待つ。
そして、もう一度、運転席に座ったタロウを呼んでみた。
「タロウさん、あの…」
タロウは穏やかな笑みを浮かべて咲子を見る。
「あの、私のマンションまで行ってほしいんです…
お父様が荷物を運び出すと言っていたのですが、本当にそんな事はしてないのではと思っていて、少しだけ様子が見たいなと思いまして…」
咲子はタロウの顔を直視できない。
左耳に丸いシルバーのピアスをしている強面のタロウさんが、たまに優しい笑みを浮かべてくれる。
咲子は世の中の男子を知らな過ぎるせいで、何だかどんな人にもときめいてしまう。
こんな事、口が裂けても映司さんには言えないけれど……
「分かりました、行きましょう。
でも、様子を窺うだけにしてくださいね」
咲子は、ありがとうと小さな声で囁いた。
咲子の職場から自宅のマンションはそう遠くはない。
電車なら遠回りになるため少し時間がかかるけれど、車ならすぐに着く距離のはず。



